特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第143話:君は……

 ――視界が歪む。

 

 笹藤麗華の体が、突然何かに抱えられたのはその直後だった。

 

『何が――』

 

 起きているのか。

 

 まったく理解できない状態に、彼女の常識的な思考は麻痺していた。

 

 ただ、身体を支える強靭な腕の感触と、首元をすり抜ける夜風のような冷涼な空気だけが、自分が宙に浮いているという現実を辛うじて伝えてくる。

 

 恐る恐る見上げた先にあったのは、人間としての輪郭を残しつつも、明らかに次元の違う存在へと昇華した異形の横顔だった。

 

 深い夜空を思わせる青い肌。

 

 無数の星々を閉じ込めたような、多面体状の結晶の瞳。

 

 首元からは、大気そのものが意思を持ったかのようなマフラー状の器官が揺らめいている。

 

 あの時、自分が力として求めた存在が、目の前にいた。

 

「あなた――」

 

「――悪かったな、あんな見つけさせ方をして。」

 

 こちらの言葉を遮って跳び出したのは、まさしく謝罪の一言だった。

 

「えっ――」

 

 そう、疑問を発するよりも早く、彼は額に浮かぶ2枚の羽根のような器官を揺らし――次の瞬間、彼女はまたしても自分が先ほどと違う場所にいるのを悟った。

 

「――おっと、失礼、うちの後輩に手は出さないでもらおうか。」

 

 そう告げるのと、またしても視界がゆがんだのは同時だった。

 

 一瞬前、地面を見つめていたはずの自分の瞳は、今は、瞬きほどの間すらなかったのに空中を見ている。

 

「瞬、間」

 

 移動。

 

 そうとしか思えない技、一瞬の間に距離をなきものとする超自然の妙技。

 

 それが、自分の体を、ここに運んだ。

 

 そして今、この思わず見とれるような特徴のない、しかし、均整の取れた顔立ちの生き物――その顔は、扇雄介とは似ても似つかないはずなのに、どこか、彼の面影を感じさせる――は、海よりも空よりも青い、産毛の1本すらないつるりとした肌をさらして空中に立っている。

 

 その力は、絶大だった。

 

「――おっと、君らの相手は2人を表に出してからだ、ちょっと待ってろ。」

 

 その一言で、勇者に匹敵すると謳われた男の体が地面に沈んだ。

 

 絶対的な――畏怖すら感じる力。

 

 こんなものが、果たして薬で得られるのだろうか?

 

『むり……』

 

 だ、断言してもいい。

 

 それは今、薬で怪人となった男が負けたからではない。

 

 これを、人間のまま得ることなど、到底できないと確信してしまったのだ。

 

 再び歪む視界の中で、彼女は自分の愚かしさと混乱で、硬直していた。

 

「悪かった。」

 

 瞬間移動なのだろう、次に視界に映ったのは、すっかり見慣れた赤毛の後ろだった。

 

 黒土灯。自分の、同僚の勇者。

 

「おっ、お疲れ様ですね、灯、出迎えご苦労。」

 

「ご苦労やないやん、びっくりするからやめぇよ……」

 

 困ったように顔をしかめる同僚を見ていた麗華に、そんな言葉が降りかかったのはその時だった。

 

「こんなやり方するべきじゃなかったのはわかってる、ただ、僕らから言っても、君はきっと納得できないだろうと思ったんだ。」

 

 それは、どうやら、自分を巻き込んだことへの謝罪らしいと、どこか遠くから聞こえる音を聞いているかのように他人事のように彼女には感じた。

 

「君は頭のいい人間だけど――天塚と違って、僕みたいな狂人を相手にしたい理性があったから、たぶん、僕らの修行も、君には理解不能に映ると思った。」

 

 だから。

 

「君に、見つけさせる必要があった、僕らに、君を納得させる術はない。」

 

 人間というものは、自分が苦労して見つけ出した情報には、必ず、価値があると、真実があると思い込むものだから。

 

「だから、真実を、君に見つけさせる必要があった。」

 

 その不器用で、ひどく遠回りな優しさに触れた瞬間、笹藤麗華の瞳から、せき止められていた涙が堰を切ったように溢れ出した。

 

 彼は、彼らは、最初からすべてお見通しだったのだ。

 

「君のお姉さんには手出しはさせない、もう手配は済ませてある、秩序委員会が動いた、あの連中は悪い勇者を殺したくて仕方のない連中だ、手を出す計画を立てただけで殺しにかかる。」

 

 あれが狙っている以上、普通の勇者は手が出せない。

 

 あの連中は俗にいう『天上組』と呼ばれる勇者を内在する組織だ、あれに手を出すほど愚かでもあるまい。

 

「君の姉さんは大丈夫だ、いざとなったら僕らも手伝う、だから――君は、自分の家に帰れ、ここは物狂い共の巣窟だ、君みたいな人間には向いてないよ。」

 

 扇の言葉は、どこまでもフラットで、だからこそ紛れもない本心だった。

 

 普通の人間に、ヒーロー業界は――向かない。

 

 勇者は幅を利かせている昨今、怪人の存在がどれだけ人に影響を与えても、ヒーローは危険だ。

 

 彼は麗華を「守るべき一般人」として扱った、この血みどろの稼業から遠ざけようとしている。大企業のお嬢様が、泥と狂気にまみれた自分たちと同じ場所に立つ必要などないのだと。

 

「――君は、お姉さんと幸せになれ、危ないことは僕らが何とかするよ。」

 

 そのための正義の味方だ。

 

 善良な人間によからぬ者の魔手が迫るとき、その魔の手を善良なるものの代わりに撃ち滅ぼす者。

 

 善人のために生まれる悪人。

 

 それが自分たちだ――月光の仮面をかぶる男がそう言ったと聞いた時、彼らはそうなろうと決めた。

 

 明日からも、そうやって生きていくだろう。

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