特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第146話:二つの動揺

 西の廃工場。鏡面次元の静寂を打ち破るように、重低音が空気を激しく揺るがしていた。

 

 白蝋の皮膚を脱ぎ捨て、どす黒い鋼の肉体へと変貌した巨人が、一歩踏み出すたびに足元のアスファルトがクレーターのように陥没する。

 

 この空間は水鏡の勇者が展開した『街の写し身』であるため、どれだけ破壊しようが現実の都市に被害は及ばない。

 

 及ばないが――その圧倒的な魔力は勇者ならぬ七星の瞳をもってしても、形が見えるほどの高密度な魔力を示していた。

 

「ギィィィ……ガガガッ……!」

 

 もはや言葉すら失ったのか、巨人ののっぺりとした鋼の顔面から漏れるのは、金属同士が軋むような不快なノイズだけだった。

 

 彼ら高次元生命体である妖霊にとって、この姿を取ることは身を裂くような苦痛の極みであった。

 

 本来であれば、自らの成分を暴走させ、逃亡者たるあの女を確実に消し去るはずだった。自爆という手段は、彼らにとって最も効率的で確実な任務遂行のプロセスだったのだ。

 

 だが、ことここに至り、彼らは悟らざるを得なかった。

 

 目の前に立つこの生き物たちは、勇者ではないにもかかわらず、自分たちを追い詰め、あまつさえ「捕獲」しようとしている。

 

 このまま自爆のシークエンスを進めれば、間違いなくこいつらに邪魔をされる。自爆が不発に終わるか、あるいは逃亡者を殺す前に自分たちが捕らわれるという、あってはならない未来。

 

 だから、彼らは確実性を捨てた。

 

 物質界に強く固着するこの姿――成分を極限まで収斂させ、物理的な強度と質量を増すことは、彼らの精神を削る激しい苦痛を伴う。

 

 だが、目の前の目障りなイレギュラーを殺し、逃亡者をこの空間ごと滅ぼすためには、これしかなかったのだ。

 

 対する七星一也は、鱗や甲殻とも違う、筋膜が結晶化したような光沢のある肌を夜闇に晒し、静かに息を吐いた。

 

 隙間なく全身を走る発光線状の器官が、彼の穏やかな呼吸に合わせて脈動している。とりわけ脊椎基底部から背骨沿いに走る光のラインは、彼の中に練り上げられた莫大なチャクラの輝きを放っていた。

 

 虹彩を持たぬ金属的な輝きを宿した瞳で、七星は鋼の巨人を見据える。

 

 成分を凝縮させ、質量を跳ね上げたその肉体は、確かに先ほどの白蝋の比ではない。物理的な破壊力という一点において、巨人は圧倒的なアドバンテージを得ていた。

 

『ギ、ギィィィッ!』

 

 巨人が動く。

 

 苦痛に耐えかねたような不快なノイズと共に、鋼の巨腕が無造作に横薙ぎに振るわれた。

 

 ただそれだけで爆風が生まれ、廃工場を構成していた鉄骨が飴細工のようにひしゃげて吹き飛ぶ。

 

 重力加速度を完全に無視した、魔力による暴力的な質量攻撃。

 

 万物を砕くその一撃に、七星は――一歩、前に出た。

 

 狂った――わけではない。

 

 一歩進んだほうが、被害が少ないと知っているがゆえの動き。

 

 あらゆるものにあまねく影響する遠心力の基本法則。

 

 しなる物体の最も先端が最も速度が乗り、遠くに届く――では逆に、先端より内側に入られたら?

 

 その答えがこれだ。

 

 目の前に存在した、鎧の男を打ち据えんと中空を駆け抜けた鋼の剛腕は、しかし、その相手をとらえることなく空を切る――一瞬、妖霊の理解が止まる。

 

 当然だろう、彼はこの次元に来てまだ数十分――生まれたての赤子よりも、この世界のことを知らないのだ。

 

 遠心力の存在など、実感したことのない、それに、『間合いを外される』という現象は、あまりにも早すぎた。

 

 攻撃が当たらなかった驚き、消えた敵への驚愕、および――攻撃が来る恐怖。

 

 それらすべてが、妖霊を凍り付かせた。

 

 身を固める――それが、彼にできる唯一にして最大の防御だった。

 

 および、実際、それは功を奏したようだった。

 

 ゴリュン!

 

 そう表現するしかない音が響き、巨躯がくの字に折れる。

 

 衝撃、激痛、飛翔――三次元領域内においていずれも初めて感じる感覚に妖霊は悶絶する。

 

 鋼よりもよほど固く固めたはずの皮膚も、弾む金属という矛盾した物質に変換したはずの筋肉も、あの衝撃を受け止めるには足らない――これほど、おぞましい威力とは。

 

『なんだ、こいつは……?』

 

 内心の驚愕は、この次元において自分たちの知らぬ化け物の存在に向いていた。

 

 この次元の生物はひ弱で、魔性を持たず、だからこそ、自分たちが救わねばならないそんな生き物だったはずなのだ。

 

 だから、勇者として、力なき者を呼び出し、力を与えて、自分たちのちょっとしたお使いを済ませたのち、この次元に送り返していたのに――一体、これはなんだ?

 

 魔力を持たず、力を使わないくせに、自分たちに匹敵する力を持つ存在――あり得るのか? そんなものが。

 

 いまだかつて、誰も見たことのない不可思議な化け物を見て、妖霊は心から困惑した様子で痛みに呻いた。

 

『……かてぇな。』

 

 転じて、七星の脳裏にも、驚愕がよぎる――驚嘆に値する硬度だ。

 

 全力ではないにしても、第三室であるマニプーラの燃え上がるような力を持って放った強打を、あの程度のダメージで済ませる生物を七星は知らない――今の一撃は、核シェルターだって破壊できる威力があるのだ。

 

 おまけに、これで魔術を使っていないというのだから、質が悪い。

 

 このうえで魔術まで使われれば、この次元を崩壊させるつもりで殴り合わなければならない。

 

 それも、この生き物はまだ、自発呼吸を覚えたばかりの赤ん坊のような状態だというのだ。

 

『この次元に慣れる前にケリを付けんと……』

 

 この次元だけでなく、外の次元まで巻き込みかねない。

 

 この力を会得して数か月――彼は初めて、本気を出す決断を迫られつつあった。

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