特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第147話:もう一つの戦場

 東の戦場。水鏡の勇者が構築した鏡面次元の空に、巨大な異物が浮かび上がっていた。

 

 それはもはや、先ほどまでの「赤黒い臓器とステンドグラスの集合体」という不気味な姿すら保っていなかった。

 

 周囲を高速で旋回していた数万枚のガラス片は、そのすべてが剥き出しの臓腑へと次々に突き刺さり、完全に吸収されている。赤黒い高次元の魔力が結合材となり、肉塊の表面をびっしりと覆い尽くす『絶対的な硬度を持つ棘の鎧』へと変態を遂げていた。

 

 それはもはや浮遊する臓器ではない。

 

 全方位に死を撒き散らす、難攻不落の巨大な浮遊要塞だ。

 

 高次元の精神生命体である妖霊が、この三次元世界で相手を確実に圧殺するため、自身の成分を極限まで収斂させ、物理法則における「質量と硬度」にすべてを全振りした姿であった。

 

『殺す、ころす……!』

 

「言葉まで失うとは哀れなことですねぇ。」

 

 その一言に心からの同情を込めて。

 

 天頂を覆う要塞を、流線型の人の形が見つめる。

 

 その代償として得たのは、一撃で高層ビルを粉砕し、街を地図から消し去るほどの圧倒的な物理的暴力だ。

 

 要塞の表面を覆う無数の棘が、赤黒い魔力を帯びて明滅する。

 

 次の瞬間、数十トンにも及ぶ巨大な浮遊要塞そのものが、重力加速度を完全に無視した恐るべき初速で、眼下に立つ一人の男へと向かって突進してきた。

 

 小細工は一切ない。棘の鎧による絶対的な硬度と、圧倒的な質量を乗せた「体当たり」。

 

 触れれば肉片すら残らず粉砕され、躱そうにもその巨体が生み出す衝撃波だけで周囲の空間ごと圧殺される、回避不能の死の壁だった。

 

「よっと。」

 

 ゆえに、彼の動きは明白、こちらを狙う死の壁からの脱却――即ち、飛び降り。

 

 彼が立っているのは、すでに原形を留めていない鉄塔の残骸の上だ。それゆえに、飛び降りるのも容易――とはいえ、悲しいかな、その程度の鉄塔に、あの大質量を受け止める力はない。

 

 上空から垂直に自由落下してきた数十トンの質量――ステンドグラスの棘を纏った巨大な浮遊要塞が、鉄塔の土台ごと大地を粉砕する。

 

 ごう、という大気の悲鳴。

 

 まるで折り紙の塔を幼子が踏み潰したかのように、何層もの鉄骨が瞬時にひしゃげ、火花を散らしながら圧縮されていく。そこには抵抗など一分も存在せず、ただ圧倒的な重力エネルギーの解放だけが、鏡面次元の偽りの大地を揺らしていた。

 

 衝撃によって巻き上がった粉塵が、黒煙となって周囲を覆い尽くす。

 

 だが、その惨劇の直下、鉄屑の山となったはずの場所に、あの銀白の超人の姿はなかった。

 

『ギ、ギヂヂッ……!?』

 

 言葉を失った妖霊が、粉塵の渦を透視するように、赤黒い魔力の波動を周囲に撒き散らす。

 

 しかし、その下に、あの光の怪異の姿はない。

 

 飛行。

 

 その二文字が頭をよぎった時には、すでに狙いすまされた光波熱波は彼の体に着弾した後だった。

 

 まるで何かを投げ切ったかのように腕を伸ばしきった状態で中空に浮かぶのは――光の人型。

 

 

 立ち昇る黒煙と火花。粉砕された鉄塔が鏡面世界の重力に従い、ガシャガシャと無残な音を立てて崩れ落ちる。その破壊の主である巨大な浮遊要塞――高圧縮されたケイ素の身体を赤黒い魔力で繋ぎ止めた妖霊は、直撃した光波の熱量に、その巨体を僅かに震わせた。

 

 だが、落ちない。

 

 中心核である臓器を守るように、表面のステンドグラス状の棘が瞬時に溶解・再凝固し、致命的なダメージを物理的な「層」で強引に受け流していた。

 

『――なるほど。高強度なケイ素の塊。まともに攻撃してもダメージが通りにくいと。』

 

 中空。重力という枷をプランク長の位相差で切り離した天塚新――ルモス・ベセルが、自身の右腕を見つめて独りごちた。

 

 彼の突き出した指先からは、まだ超高温の光の余韻が陽炎となって立ち昇っている。その半透明の顔に刻まれた「口」の起伏が、微かな困惑と、それ以上の知的好奇心に歪んだ。

 

『構造の九割以上が硬質化している。細胞としての柔軟性を捨て、物理的な『硬度』に特化したか。』

 

 天塚が空中で静かに指を組む。

 

 本気でぶち抜いて始末をと言う選択肢まるが――この鏡面次元が果たして耐えられるのか?

 

 正直、水鏡にはかなり無理をさせている、もしもこれ以上負荷をかけると、彼自身が危険だ、死にはしないが衰弱はする。

 

 要塞が、不快な高周波を撒き散らしながら動き出した。

 

 表面に生えた無数の棘が、蛇のようにうねりながら一斉に天塚へと伸びる。それは成長する結晶の速度を遥かに超えた、純粋な殺意の射出だった。

 

 回避不能。全方位からの刺突。

 

「――おっと、急に来ますね。」

 

 半笑いの一言――次の瞬間、閃光が世界を支配する。

 

 全方位光波熱線、あらゆるもを溶かしつくす、光の極み。

 

 一撃にて、敵のケイ素肉体で構築されたやりのむれを焼き払う――この火力か。

 

『まずいな、決定打がないぞ……?』

 

 現在のこの空間は、水鏡の勇者がその身を削って維持している『鏡面次元』だ。現実世界への被害をゼロに抑えられる便利な戦場だが、それゆえに耐久力には限界がある。

 

 先ほどの全方位熱線程度の出力ならまだしも、この巨大なケイ素の塊を根こそぎ消滅させるような「収束放射」を放てば、その余波で次元の境界が焼き切れてしまう。そうなれば、この高次元生命体の自爆エネルギーが、そのまま現実の都市へと流れ込む最悪の結末を招きかねない。

 

 収束放射は次元に悪影響があるのは間違いない、被害が出にくい場所と思ってここを選んだが……困り者だ。

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