特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第148話:千日手

 女の真紅の袖口から、骨も関節もない粘液状の触手が弾け飛ぶ。それは瞬時に硬化して鋭利な刃となり、蜘蛛の巣のように展開して獲物の退路を塞いだ。

 

 気味の悪い女だ――いや、そもそも、妖霊に女という性別はあるのだろうか?

 

 飛び込んでくる鳥のような男――あの魔物擁護論をぶち上げる迷惑な配信者――を念力で受け止めながら飛び出そうとした窓に張り巡らされた斬線の網を見ながら、空のごとく青い超人はそんなことを思った。

 

 2分。

 

 それが、扇雄介の変身状態における『安定した』未来予知の最大時間である。

 

 この時間内の未来であれば、扇雄介は安定してすべてを見抜くことができる。

 

 戦闘において無類の力を発揮するその力は、彼の圧倒的な防御性能のかなめである。

 

 先立って放たれた不可視の衝撃塊を撃ち返すことができたのもこれが所以である――これ抜きに、妖霊と戦えば、友人2人と違い、機動力を持たぬ彼は今頃殺されていたことだろう。

 

 矢のように放たれた鳥の怪人の1撃を、念力の鎧――どこかのゲームで見た慣性の鎧の模造品――で受け止めることができるのも。

 

 背後から狙ってきた鋼索城塞の怪人――怪人の奥方だった人だ――の攻撃を見ることもなく躱せるのも、それが理由だ。

 

 超感覚によって動く頭部の羽根が、鋭敏に未来を、精神の動きを読み取る――現に今も、自分の体を貫く円形の死の予兆が、脳裏をかすめる。

 

 ローンウルフの喉の奥が不気味に膨張し、大気がビリビリと震える。

 

 放たれるのは不可視、無音、および音速を凌駕する『振動の塊』。防御の魔術すら紙切れのように貫通し、対象の肉体や建物を綺麗な『円形』に抉り取る絶死の狙撃。彼の最大の切り札。

 

 怒りのまま、念力の拘束を引きちぎって飛び出した怪人の突進はまるで矢のごとく、あらゆるものを貫くほど硬質化したくちばしの1撃は、念力の鎧で止まりこそしたが押し込まれるのは避けられなかった。

 

 そこに来て、この衝撃塊だ――先ほどの反射を警戒しての1撃、接射ならば、反射はできまいと思っての1撃。

 

『この距離ならバリアは――ってやつか、敵にやられるとこっちが怪人みたいで複雑だな……』

 

 与太事がよぎる。

 

 コンマ数秒後、その見えざる凶弾が自らの胸部を穿つ未来を、扇はまるでリプレイ映像のように事前に観測していた。

 

 だからこそ、彼の対応に遅れはない。

 

 放つのは圧力球体、念力によって生み出された圧力塊が放たれる――狙いは相殺だ。

 

 ごく狭い隙間に発生させた圧力塊で衝撃塊を砕く。

 

 喉が激発するのと、扇の圧力塊が放たれるのは全くの同時だった。

 

 接射、鎧を貫かんと放たれた激発の衝撃塊は放たれた圧力塊を呑み込み――圧力塊が炸裂した。

 

 バンッ!

 

 破裂音が空気を叩く。

 

 扇が生み出した圧力塊と、ローンウルフの超高周波の振動塊が激突し、振動塊の内側に入り込んだ圧力塊が破裂して、振動塊を分散させたのだ。

 

 爆発の余波が両者を引き剥がし、ローンウルフの巨体が無様に後方へと転がっていく。

 

 だが、息をつく暇もない。

 

 直後、死角から襲い来るのは妖霊の片腕だ。

 

 骨も関節もない粘液状の触手が、瞬時に硬度を増して鋭利な刃となり、扇の首を刈り取らんと迫る。

 

 それは、人間の反射速度では決して捉えきれない不可視の1閃。

 

 受け止め――られない。

 

 振り切られる寸前、腕が何かの球を形成する――瞬間、扇の姿がその場から消える。

 

 次の瞬間、妖霊の腕が破裂した――腕の爆弾、体を自在に制御できる妖霊だからこそ使える攻撃、七星と天塚が戦う妖霊たちが行おうとしていた自爆の小型版。

 

 ガオン!と、空間がひしゃげる音がした。

 

 この世の誰も聞いたことのないその音は、背筋を凍らせるに十分な威力を秘めている。

 

 高速で治癒できるとは言え、ずいぶんと景気よく体をぶち壊すものだ。

 

 瞬間移動で離れた位置に現れた扇は内心で舌打ちする――面倒だ、向こうも未来が見えているせいでどうにも決め手に欠ける。

 

 攻めきれない。

 

 コンマ数秒の未来を読み取り、相手の攻撃座標から身を躱す。同時に、相手の回避先へ念力の刃を置きに行く。

 

 だが、妖霊もまた3次元の枠組みを超えた知覚でそれに反応する。自らの炭化した右半身をさらに削り飛ばしてでも、扇の罠を強引に相殺し、あるいは虚数空間への一時的な退避で無効化してくるのだ。

 

 互いの『視界』が盤面を完全に網羅しているがゆえに生じる、高次元の1手。

 

 1手間違えれば致命傷。

 

 それは、見えないチェス盤で互いのキングを詰ませようとする、息の詰まるような精神の削り合いだった。

 

 何より――

 

『あの女、あそこから動かないな……』

 

 内心で顔をしかめる――正直に言って、倒すだけならできなくはないのだ、もっと火力を振り切ればいい、彼にはそれができるが――いまは無理だ。

 

 鋼索城塞の怪人。

 

 あの妖霊の犠牲者である彼女を、1撃で屠れる位置から、あの妖霊が動かない。

 

 それが問題だった。

 

 瞬間移動で助け出そうにも、あの女、何かしらの魔術を構えてこちらの動きを監視している。

 

 自分があの女性を救うために転移を行えば、ためらいなくあの女性を殺すだろう。

 

『超能力使った戦闘に慣れていないのがもろに出てるな……』

 

 端的に言って、彼は千日手に陥っていた。

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