振り下ろされる鉄槌に、生体装甲の戦士の下からの拳が激突する。
質量の観点から見ればおよそ耐えようもない一撃――ゆえに、彼の行動は正面衝突ではない。
放たれた拳が内から外に、くるりと回転し――拳を流す。
空手に謳われる特殊な受け、噂によれば、これで刃物を無傷で受け流せる猛者もいたとかいないとか。
流された一撃が地面を砕く――鏡面のアスファルトが砕けちり、周囲の空間がひしゃげるような名状しがたい音が響く。
放たれるケイ素片が、まるで槍のように鋭く、矢のようにしなやかに迫る。
返す光の超人の行動は一つ、体の前に組まれた五本の指から、障壁が生み出される――波打つ光の壁、圧力に変換し、熱量の壁と化したそれが、ケイ素を焼き払う。
返す刀で接近、即座にこぶしを握って――振りぬく。
波打つ光の粒子が、拳を覆って穿つ――当たりさえすれば、ケイ素だろうが溶かす非放射型の必殺技。
しかし、その一撃が、ケイ素生物と化した妖霊に当たることはない。
鋭く、素早く、敵は距離を取った――遠距離技では、あの生き物を倒せないと読まれている。
鋭く駆け抜ける鳥頭の化け物の一撃を躱す――と同時に、慣性力の鎧をまとう。
次の瞬間、襲い来るのは衝撃の塊、どうやら、自分が避ける方向に向けて顔を背けていたらしい、高速の突進を放ちながら喉奥で作られた衝撃の塊が、勢いよく放たれる。
狙いすました必殺の一撃。だが、扇雄介の夜空のごとき青い肌を覆う不可視の念動障壁――慣性の鎧は、音速を超えるその振動波を事も無げに受け止めた。
バチュンッ、という鈍い破裂音が廃工場に響く。
本来であれば内臓を一瞬で粉々に砕き、人体を円形に抉り取るはずの絶死の攻撃は、扇の身体の数センチ手前で、まるで目に見えないスポンジに吸収されたかのように運動エネルギーを完全に殺されていた。
舌打ち一つ。
しかし――まだだ。
次の瞬間、爆発。
空間が爆ぜる――炎熱系の魔法だ、どこぞのRPGのような大爆発を生み出すそれは、勇者が扱うそれよりもずっと高威力だ――さすがは、勇者の力の源と言ったところか。
一瞬、世界が閃光に染まる。
何も見えず、何もわからなくなる一瞬――音のように鋭くとびぬけた鳥の怪人はひらりと妖霊の女の脇に並び立つ。
視線の先にはもうもうと沸き立つ爆炎、そして、その内側から抜け出す――
『っち、まだ死なないのかこいつ……』
煩わしげな舌打ち、忌々しい、自分ですら三度は死んでいるだろう攻撃を、しかし、この青い化け物は死ぬ様子もなく受け止めている。
「どうやって殺すんだ……」
思わず漏れた一言に、妖霊は何の反応もしない―珍しい反応だ、何でもお見通しとばかりに笑みを絶やさないこの女が何の返答もしてこないとは。
だが、問題はない――いかにあの生き物が異常な生物であろうと、限界はある、現に、先ほどまでは圧力塊で防いでいた自分の衝撃弾を鎧で受けるようになってきた。
限界が近いのだ、そうに違いない――そうでなければならないのだ。
だから――ここで、もう一度あの切り札を切ることにした。
「――まあ、違うんですけどねー」
鼻歌交じりに、鏡面次元の外でゆかりが鼻歌を漏らす――水面、御影両名のバイタルと、妖霊たちの破壊半径における消耗を計算。
上がり幅下がり幅から察するに――
「――諸先輩方、お待たせしました。」
『いいですか、二人の消耗具合から言って、フィードバックは軽微です、外に破壊された範囲の規模から考えて、おおよそ――20%』
そこが、出力限界。
そんな単語が耳に届くのと、七星が反撃に動いたのは同時だった。
静止していた筋肉が、一瞬にして爆発的なエネルギーを生み出す。
呼吸を整える――丹田で沸き立ったはずの身体機能の熱が、沸き立つように燃える。
目の前にそびえ立つのは、物理的な質量と硬度を極限まで高めた鋼の巨人。
振り下ろされるその鉄槌は、空間そのものを圧殺せんとする理不尽な暴力の結晶だ。
だが、七星の動きに淀みはない。
動き出しに合わせる。
振り上げた腕に合わせてするりと懐に侵入する、大地を強く踏みしめ、その反動を足首、膝、腰、そして肩へと螺旋状に伝達させていく。
極限まで引き絞られた右拳が、巨人の鳩尾に相当する装甲の表面へと音もなく吸い込まれた。
王心七征拳・正拳。
それは、正しく奥義の一撃であった。
同時に、東の戦場。
空を覆い尽くすステンドグラスと臓器の要塞に対し、天塚もまた静かなる解剖を開始していた。
彼の胸部の発光器官から放たれる光は、くるくると円を描き、高速で回る――それは、質量をもつのではと言われるほど圧縮された光の塊だ。
要塞の表面を覆う無数の棘が雨のように降り注ぐ中、天塚の肉体は幻影のように揺らぎ、そのすべてを透過していく。
定められた出力上限の中で最大の効果を発揮するため、彼は巨大な標的の構造的脆弱性を瞬時に演算し尽くしていた。
ヒンッと、まるで何かが鳴くような音が漏れて――要塞の一角が削れる。
放たれた円形の光子結晶体に切り裂かれたのだと気が付いたのは、それから少し後のことだった。
中央戦場、廃工場。
ローンウルフは、目の前で無抵抗に立ち尽くす青い超人を前に、自らの勝利を微塵も疑っていなかった。
超高周波の振動弾を容赦なく浴びせ続け、絶対的な防御を誇っていたはずの障壁が徐々に押されているように見えるその光景が、彼の肥大化した自己顕示欲を際限なく満たしていく。
相手は何もできない。何もしてこない。
放たれた振動弾の背後にはあの怪人の嫁だというイカレタ女がいる。
人質に取られた女を気にして、ただ死を待つだけの哀れな的。
その慢心が、周囲の空間に生じつつある微細な変化から彼の目を完全に背けさせていた。
だから彼は気が付かない――すでに、扇雄介がこの次元から彼女を救い出していることを。
だから彼は気が付けない、彼が狙い打っているのが、光の屈折によって色付けされ、念力によってその辺のがれきから作られたデコイであることに。
だから、彼は気が付かない――隣の妖霊が、すでに扇に襲われ、彼の隣にいないことを。