特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

151 / 164
第151話:解脱者

 基本的に、人間は自分よりも大きな生き物を攻略するのが難しい生物だ。

 

 相手の方が大きいというのはつまるところ、リーチに格段の差があるということだ。

 

 かつての戦場で、刀よりも石の方が人を殺した事実があるように、どんな攻撃でも、相手に触れなければ、意味をなさない。

 

 究極的に言えば、相手の攻撃がどれほど強力でも、絶対に触れられない場所から石を投げ続けていれば勝てるのだ。

 

 鋭い爪も牙もなく、1撃で相手を絶命に至らしめる火力もない人間に、この隔絶した距離の差は埋めがたいものだ。

 

 物理的に考えれば、そうだったはずなのだ――ゆえに、これは人間の戦いではないのだ。

 

 振り切られる上段からの1撃を、七星が変身した超人体が流れるように動いて躱す。

 

 大きな動きはいらない、触れなければいいだけなのだから。

 

 触れた箇所が嫌な音と共に溶解するさまを一瞥し、七星はその腕の外にずれる。

 

 躱した動きのまま、斜め前に、ちょうど振り切ったわき腹が露出した瞬間、彼の拳が蠢動する。

 

 ボディブロウ。

 

 鉤打ちとも呼ばれるそれに近い変則的な肝臓撃ちが、鋼の外皮とゴムのような筋肉を貫く。

 

 王心七征拳の技ですらないその1撃は、しかし、妖霊の巨躯を傾かせるに十分な威力だった。

 

 顔――と呼んでいいのかわからない部位をゆがませ、妖霊はけたたましい叫びをあげて腕を横に振り払う。

 

 まるで風のような1撃――しかし、動きが読まれていれば意味もない。

 

 するり――と体を地面と水平に倒した七星の体が、円盤のごとく回転する。

 

 水面蹴り。

 

 人間相手なら隙が大きすぎるこの技も、この大きな赤子には十分だ。

 

 

 

 

 

『――ありえ――』

 

 ない。

 

 確かに、この次元において、妖霊は全力をだせない。

 

 そもそもが『成分界』に漂う気体と魔力と意識の中間子である自分たちは体を持つということがない。

 

 それゆえに、体を持ち、その体を使って戦うことは全くと言っていいほどできない。

 

 生まれたての赤子に重機を乗り回せと言っているに等しい、その爆発的なスペックのほとんどすべてを、彼らは使えないのだ。

 

 普段の彼らは成分界の内側で争うことをしない――敵対心がないわけではなく、戦う方法がないのだ――種族だ、何かが成分界に入ってきたときにそれを滅ぼすために力を使うことはあるが、それとて、成分界の法則の利用にほかならない。

 

 ゆえに、彼らは物質次元で、戦うということそのものが、非常に難しい。

 

 だが――同時に、彼らには勇者の力の源である加護の源泉たる『権能』がある。

 

 それらを使えば、あらゆる物理法則を鼻で笑い、物質界など物の数にも入らない。

 

 現に、自分――『朽ち落ちる腐葉の者』の肉体的性質である、『物を腐乱させる』性質はまがうことなく機能している。

 

 鉄を腐り落とし、道路をぐずぐずのゴミに変えることができる。

 

 触れるだけだ、権能とすら呼べない単なる肉体の性質。

 

 それに『怪しき力』の権能や『鉄のごとき皮膚』の権能が合わさって、砕けぬ物はない――物質界を知る者は皆そういっていた。

 

 だから、自分がここに来たのだ、万に1つも物質界の者に邪魔されぬために。

 

 だというのに――この、鎧のようなものを纏う鈍色の生き物は一体なんだ?

 

 先ほどから、自分は幾度となく体に触れている、本来であるのなら、肉体はグズグズに溶け、腐り、無惨な死体をさらすべきだ――そうでなければならない。

 

 なのに――なぜ、何も起きないのだ?

 

 跳ね起き、続けざまに放った、振り下ろす鉄槌を体を回転させて受け流し、そのままの動きで――妖霊は知らぬ物体だったが――独楽のように回転し、自身の腹部を蹴り砕くような槍のごとき蹴りをたたきつける男に妖霊は混乱の極みにいた。

 

『なぜ――』

 

 しなやかな蹴り、突き刺さるような痛痒に体がくの字に折れる――筋肉が断裂している!

 

 鋼のような肌すら役に立たない、硬度が高ければ、物質による1撃は阻めるのではなかったのか?

 

 がくがくと震えるのは、体だけではない――思考が、震えている。

 

『なぜ、なぜ――』

 

「――自分の腐乱が効かないのか、と思ってるな。」

 

 震える自分を見下ろすように、上から声が落ちる。

 

 先だって自分を邪魔しに来た、物質界の生物、人間に酷似した異形の何か。

 

 物質界に、存在しないと思っていた者。

 

「僕は7つのチャクラを開き、そのうち6つを掌握し、自在に活性し力を取り出せる。」

 

 知らない力だった。

 

「そのうちの1つ、第2のスヴァーディシュターナは水の原質を支配する、心の不純な質は完全に破壊し、そのものに死を征服した者の力を与える。」

 

 肉体を硬質化しているのはこれだと、彼は語る。

 

「そして、マニプーラは隠された宝を得る、全ての病から自由となる――そして、彼は火によって攻撃されることをなくす。」

 

 そして。

 

「第6のアージュニャーは、俺に40の秘蹟を与える。」

 

 そのうちの1つ。

 

『飢えと渇きから自由になる。』

 

「あいにく、俺はもう乾くこともないし、飢えることもない――腐敗も、しない。まあ、()()()と違って飯は食うがね。」

 

 苦笑する――チャクラも開いていないくせに、思い込みと意志力だけで秘蹟を成し遂げるあいつは一体何なのだろう?

 

「悪いが、お前の力は効かんぞ――俺は一応、全知全能なれるらしいからな……なった気はせんけど。」

 

 そう言って、広義における『解脱者』はいまいち不満そうに肩をすくめた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。