鳥の怪人に許された超常的能力は多くない。
1つは飛行、重力の楔より抜け出す世界の代弁者たるにたる偉大なる力。
その速度たるや、上から下に向けた時自分の体は音速をたやすく超える。
自身の背後に音を置き去りにし、無音の――何者の批難も受け付けぬこの速度こそが、自分が世界の代弁者として受け入れられ、そして、世に冠たる偉人であることの証明だった。
1つは怪鳥音――即ち、嘴から発される指向性の音波砲だ。
他人の耳を砕き、自身の都合だけを相手に届けるあらゆる抗弁を封殺するまさしく神の声だ。
その圧力たるや、万物を打ち砕き、鉄の扉の裏側にすら自分の声を届ける。
それが、自分の力、この世のすべての哀れなる者たちの代弁者だ。
この力があれば、この力があれば、あの忌々しい勇者達の凶行を止めることができる。
自分から、配信人気を奪った忌々しい連中。
実力もないくせに、勇者であるというだけで、ちやほやされる愚か者ども――自分の弁舌はあんな屑共には負けない、そう証明できる。
そうだ、間違いない、だから、自分は選ばれたのだ。
あの日――初配信の日、必死に作り上げた動画の再生数が2だったことも。
同じ日、1時間違いで投稿されたくだらない勇者を礼賛する動画が瞬くまに2万再生されたのも、この時のための布石だったのだ。
だから、自分の動画の再生数は伸びないのだ。
だから、勇者を非難し、魔物を保護する動画を上げると、あれほど再生数が増すのだ。
だから、あんな動画を上げても、自分は勇者に殺されないのだ。
だから――自分は、この化け物に勝てるべきなのだ!
地面から粉塵を巻き上げて鳥が飛んだ。
自分の背後でぐずぐずに頭を吹き飛ばされた妖霊が再生を始めている――忌々しい、なぜ、あの連中に吹き飛ばされた側は再生していないというのに、自分の傷はすぐに治るのだ?
内心に抱えた憤懣は、彼の体に不可逆の変化を与え始めているのに、彼は気が付いていない。
白と黒の羽毛に覆われていた巨大な翼が、内側から膨張する筋肉と魔力に耐えきれず、皮膚を裂いてさらに巨大化を始めた。
抜け落ちた柔らかな羽毛に代わって生え揃ったのは、ぬらぬらと赤黒い光沢を放つ鋼の刃。1枚1枚が鋭利なカミソリのような硬度を持った『鋼翼』へと変質していく。
空気を掻くたびに、刃同士が擦れ合ってギィィンと甲高い金属音を鳴らし、彼を重力の呪縛から完全に解き放つ。
それは、明確な変異。
もはや、彼の体は元には戻れぬ状態に移行しつつあ――
「――ああ、それはいかんね。」
バチンと、天頂に飛び上がったはずの彼の体の周囲にひりつく感触が残る――
『球電』
――体を覆うように、稲妻の檻が生まれる。
次の瞬間、360度から放たれる放電の嵐がハクトウワシを称する鶏の体を焼き払う。
不思議と痛みはなかった。
ただ、不思議な心地よさとそれに比例するかのように感じる不快な浸食感が彼の感触を刺激する。
まるで、体の中に入られて1つ1つ汚れを取り去られているかのような不快感と心地よさに、彼は唸った。
「うぅぅぅぅぅぅぅっぅぅぁぁぁぁっぁぁ!」
獣のように、あるいは、悲鳴のように、彼は自分の体から抜け落ち、消え去っていく力をつなぎとめようと必死に手を伸ばす。
これは、自分の――存在意義だ。
これがあれば、自分の主張を万人に響かせることができる。
これがあれば、あらゆる人間に自分という個人の偉大さを知らしめることができる。
これがあれば、自分という個人は、何もない人間ではなくなれるはずだ!
なのに、こいつは、こいつは自分からその権利を奪おうとしている!
「あぁぁぁぁっぁあああぁぁああぁあぁぁぁ!」
抵抗する、必死に。
その熱量に導かれるように放電にあらがって肉体が変異する――そのことに、ローンウルフが気が付いているかは定かではない。
いい調子だ、このまま、このままいければ自分の力は奪われない!
確信は熱意になり、熱意が行動力として燃え上がる、いまだかつて、ここまで必死になったことはないほど――
『――つまり、お前が動画を作った時は、それほど本気じゃなかったわけだ。』
――ふと、そんな声が聞こえた。
「あぇ?」
『べつに非難しようとは思わんし、否定したいとも思ってないが――人を殺すくらいなら、そっちで本気を出しとくべきだったな。』
そう告げられた瞬間、放電量が増える――熱意など、容易に乗り越えるほどに。
まさしく不可思議の稲妻は、鳥の体を焼き払い体内にうごめいていたはずの魔性を焼き払っていく。
球電現象――いまだ、発生原因が突き止められていない稲妻の球体は、その場に30秒とどまった。
誰も手が出せぬ超電圧の塊、顔が復元した妖霊をもってしても、その内より、自身のお客様を助け出すことはできない。
バチバチとうなりを上げ、全てを焼きつぶさんとするその稲妻がその姿を消した時、そこに残っていたのは――1人の男だ。
不可思議な頭髪をしたその男が、地面に落ちるさまを眺め、地面に念力のクッションを展開しながら、扇雄介はまっすぐに妖霊を見つめていた。
「――あとはあんただけだが……どうするね?逃がすつもりはないが、投降してくれるのならこっちとしても楽なんだが。」
「あら、うれしい申し入れです……ですが、我々にも矜持というものがありますので……」
「そうかね、ならまあ――ケリをつけようか。」