鉄の剛腕が奔る。
舞い上がる粉塵の中、涼やかな声が響く。
七星は、全身の筋膜を結晶化させた半透明の生体装甲を軋ませることもなく、飛来する鋼の豪腕を紙一重のステップですり抜けていた。
彼の背骨に沿って瞬く7つの光――チャクラの輝きが、夜闇の中で流星のような軌跡を描く。
腕を振り抜いた反動で生じた巨人の体勢の崩れ。その絶対的な死角へと、七星は滑るように潜り込んだ。
右足を踏み込み、腰の回転を肩へと伝え、極限まで練り上げられたエネルギーを拳に乗せる。
ドゴォッ! と、けたたましい破砕音が響き渡る。
七星の放った『王心七征拳・正拳』が、巨人の鋼の脇腹に深々と突き刺さった。
魔人であってなお、上半身と下半身が泣き別れになって吹き飛んでいるはずの威力。
しかし、妖霊が自らの『成分』を極限まで収斂させて創り上げた鋼の肉体は、その暴力的な打撃を受けてなお、大きく姿勢をよろめかせるに留まった。
「つくづく頑丈だな?」
からかうように、あるいは、心胆から感心したように、七星が声を上げる。
実際大したものだ、山でも揺るがす自身の打ち込みを複数回叩き込んでこれだ。
まったく死ぬ様子が見えない――大変すばらしいことではある、殺す気などないのだから。だが同時に、この耐久性能に一種の呆れのようなものを感じているのは事実だ。
『この分だと、勇者でも妖霊の相手はできんかもしれんな……あまりにも上限が違いすぎいて、手も足も出んぞこれ……』
まるで小石を蹴り上げるような1撃、万物を砕く鉄槌が、再び七星に迫る――面倒だ、足を使うことを覚え始めている。
体を横に逸らして紙一重の回避を見せつけて、七星は膝の力を抜いて体を前に投げ出す。
チャクラが、嵐でも起こして粉々にしてしまえばいいと囁く――実際、自分はそれができるのだ。
体の大きさを支配し、水の中を住処とし、獣を支配する。
彼の体内で目覚めた力は基本的にそういったものだ。
やろうと思えば、この次元を粉々に砕いてあの男を殺せるかもしれない。
だが――そんなことはしたくない。
とうとう、堪忍袋でも切れたか、周囲にあるものを手当たり次第につかんではたたきつけるように暴れ始めた妖霊に、七星は思う――ケリをつけようと。
それはあたかも荒れ狂う嵐のように暴風をまき散らす――もう、自我を保てていないのかもしれない。
手当たり次第に周囲の瓦礫を掴み、狂ったように投げつけ始める妖霊の暴威。
鏡面次元に構築された廃工場の残骸、ねじ曲がった鉄骨、ひび割れたアスファルトの巨大な塊が、砲弾を凌駕する恐るべき速度と質量を伴って、銀色の超人へと殺到する。
それはもはや武術の駆け引きすら放棄した、ただ感情と力に任せた破壊の嵐だった。
七星一也は、姿勢を極端に低く沈み込ませ、飛来する質量兵器の豪雨の中を滑るように前進していく。
彼の動きに一切の無駄はない。
巨大なコンクリートの塊が頭部を掠める瞬間に首をわずかに傾け、鋭利な鉄骨の切っ先を、筋膜が結晶化した生体装甲の表面で滑らせて軌道を逸らす。
激突による火花が夜闇に散るが、彼の肉体にはかすり傷1つ刻まれることはない。
彼の内奥では、解放された7つのチャクラが宇宙の理をも破壊しかねない絶大なエネルギーとして荒れ狂っていた。
体の大きさを自在に支配し、水の中を住処とし、獣をひれ伏させ、次元そのものを粉々に砕き散らすことすら可能な、人智を超越した神秘の力。
その気が向けば、今この瞬間にでも、目の前の鋼の巨人をこの空間ごと素粒子レベルまで消し飛ばすことができる。
彼にはそれができる。その果てしない全能感が、甘い誘惑として常に彼の精神を撫でていた。
だが、彼は決してその誘惑に屈しない。
彼は人間であることをやめていない。力を誇示し、敵を蹂躙し尽くすためではなく、ただ目の前の脅威を確実に、かつ殺すことなく制圧するためだけに、その力を極限まで圧縮し、冷徹な刃へと研ぎ澄ませていく。
殺戮者になることは容易い。しかし、彼らは正義の味方なのだ。
出力上限20%という枷は、鏡面次元の崩壊を防ぐための物理的なリミッターであると同時に、己の人間性を保つための強靭な楔でもあった。
業を煮やした鋼の巨人が、ついにその巨大な両腕を振りかぶり、七星を大地ごとすり潰さんと迫る。
空気を圧縮し、衝撃波の壁を前方に押し出しながら迫り来る、逃げ場のない質量攻撃。
七星は後退を選ばない。
逆に、大地を穿つほどの踏み込みと共に、巨腕の遠心力が最大になる死の領域を避け、最も危険に見える懐の奥深く――妖霊の重心の真下へと飛び込んだ。
右の手刀を体の外に、引き戻しながら、左を同じように戻す――体の内部で、血漿が沸き立つ。
大地の反発力を足首、膝、腰、そして肩へと螺旋状に伝え、極限まで圧縮されたチャクラを喚起させ――指先の先、爪の細胞の1欠片に至るまで十全に込める。
腕は天頂に、ぴんと伸ばす。
腕の力を十全に、雲海を踏み砕き――水面を断ち切るように。
――王心七征拳・奥義・激霊衝――
手刀が、空気のようにたやすく妖霊の胴と脚を切り裂いた。