圧倒的な光と熱の奔流が、巨大なケイ素の要塞を内側から焼き尽くしていく。
妖霊には理解できなかった。
自らが周囲の魔力を強引に束ね、絶対の必殺技として構築したはずの太陽球。その内側に閉じ込めた脆弱な生き物が、なぜ自らの生み出した熱量すらも凌駕するエネルギーを放っているのか。
天塚新――光の超人の肉体を覆う『子泡相制御膜』は、熱を含むすべてのエネルギー伝達を完全に支配下に置いていた。
妖霊がどれほどの熱線を放とうとも、彼にとってそれは微風に等しい。
逆に、彼の胸部に穿たれた『光圧導波器官』から放出される熱量は、下限でさえ核兵器を上回る。その理不尽なまでのエネルギーの暴力が、太陽球の内側から放たれたのだ。
高熱に耐え得るはずのステンドグラス状のケイ素装甲が、飴細工のようにどろどろと溶解していく。
物理的な質量を持ったがゆえの弱点。
彼らは高次元の精神生命体であるがゆえに、物質界における熱力学の法則から逃れるすべを持たない――いや、そもそも、そんな法則がこの世にあることすら知らない。
肉体を持たぬ頃には感じなかったはずの苦痛、あってはならぬその痛みが、赤黒い臓器の集合体である妖霊の核を、かつて経験したことのない極限の苦しみとして表れる。
成分界を漂う存在であった彼らにとって、肉体が焼かれ、融解していくという物理的なダメージのフィードバックは、精神そのものを削り取るに等しい拷問だった。
逃げなければならない。
生存本能に突き動かされ、妖霊は溶解しつつあるケイ素の装甲を強引にパージし、核である臓器のみを空の彼方へ射出そうと試みる。
一体いかなる理由か、そのたくらみは功を奏した。
装甲のパージと同時に、光波熱戦の照射が止まったのだ。
ここが、チャンスだった。
妖霊は自身に残された魔力を使用、体を高速で天高く打ち出す――目指すのは空だ。
天地に満ちる魔力を回収し、逃げ出すための体を作り出す――高々勇者の鏡面次元程度、妖霊たる彼に抜けられぬはずもない。
今、この場から――この生き物から逃げ出せれば、どうにでもなるのだ。
そう信じでの未来への大脱走は――
「おっと、逃げていいとは言ってませんよ。」
――しかし、決して素晴らしい結果を生むことはなかった。
そもそも、忘れている人間もいるだろうが、彼らの目的は「殺害」ではない。
この不法入国者たちが、なぜこちらの世界から人間を浚っているのか。なぜ勇者というシステムを構築し、H.A.Dという薬物をばら撒いているのか。
そのすべての情報を吐かせるための、「生け捕り」である。
だからこそ、天塚は自身の放つ桁外れのエネルギーを、妖霊の存在するごくわずかな座標のみに緻密に限定し、圧縮していた。
少しでも出力調整を誤れば、この鏡面次元そのものが吹き飛び、水鏡の勇者の生命を脅かしかねない。
逆に弱すぎれば、妖霊に自爆や逃亡の隙を与えてしまう。
相手の魔力を削り、抵抗する意志を物理的に圧殺しつつも、精神生命体としての「成分」の核だけは決して破壊しない。
それは、顕微鏡越しの脳外科手術を、クレーン車のアームで行うような絶望的な難易度の操作――そう言えば、常人には不可能だと思われるだろう。
実際、常人には無理だ――到底できることではない。
だが、彼は冷徹な計算と人智を超越した理知をもって、その絶大な力を完璧にコントロールしているのだ。
だから――こんな真似もできる。
先立っての一言の直後、放たれた光の輪の集合体が、逃げ出さんとした妖霊の核を捕縛する――体をじりじりと焼かれれば逃げ出すだろうと思っていたが、そのものずばりだ。
逃げ場を失い、光の圧力の中で激しく脈動し、蠢く妖霊の核。
魔力を持たないただの人間が、どうしてこれほどの領域に至れるのか。
高次元の存在である自分たちが、なぜこのような物質界の生物に、手も足も出ずに拘束されようとしているのか。
4方8方から迫る光圧が、妖霊の核を容赦なく締め上げていく。
赤黒い臓器のような物体が、ミシミシと嫌な音を立てて収縮していく。それは物理的な圧縮であると同時に、彼らを構成する高次元の成分そのものを、この3次元空間に強引に固定し、封じ込めるためのプロセスだった。
空間の位相をずらし、対象の周囲に逃げ場のない「見えない檻」を構築する。
プランクプレーンを制御して行う空間の檻、これから逃げられるほどの力は今の妖霊には残っていない。
最後までその圧倒的な敗北の理由を理解できないまま、妖霊の放つ不快なノイズが光の渦の中に掻き消されていく。
抵抗しようにも、魔力を練り上げるための回路はすでに光のメスによって寸断され、物理的な肉体は完全に融解し、残された核すらも絶対的な圧力の下で身動き一つ取れない。
彼らが人間たちに行ってきた理不尽な暴力と支配が、今、全く同じ形で、しかし遥かに洗練された手段によって彼ら自身に跳ね返ってきていた。
「1体確保――さて、問題は向こうですかね。」
ひらりひらりと浮かびながら、光の超人はそんなことを考えていた。