特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第157話:最後の戦い

 無力化された2つの障害を一瞥もせず、夜空の青を湛えた超人――扇雄介は、静かに視線を前方へと向けた。

 

 そこに泰然と漂うは、顔の左半分を無惨に吹き飛ばされた真紅のスーツの女。

 

 高次元の精神生命体である彼女にとって、この3次元における物理的な損傷は、本来ならば即座に修復可能なもののはずだったそれは、しかし、いまだに治る兆しを見せない。

 

 超能力による損傷――それも、治癒能力を阻害する電撃によるそれは、彼女の体をいまだに苛む。

 

 それでも、彼女は退くつもりはない――自分の務めを果たしたいのは、こちらも同じなのだから。

 

 廃工場の空間が、悲鳴を上げて歪む。

 

 女の焼け焦げた肉体から、間欠泉のようにドス黒い魔力が噴き出し、彼女の周囲の重力場を狂わせていく。

 

 砕けたコンクリート、ひしゃげた鉄骨、およびかつて建物を支えていた巨大なクレーンの残骸までもが、まるで無重力空間に放り出されたかのように空へと浮かび上がった。

 

 それらは妖霊の狂乱の思念に操られ、周囲の空気をプラズマ化させながら、1つの巨大な質量兵器へと変貌していく。

 

 さらに、彼女の足元の空間がドロドロと溶け出し、鏡面次元の境界そのものを侵食し始めた。次元の穴を開き、そこに扇を叩き込んで虚数空間の彼方へ放逐する、自らの存在消失と引き換えにした絶対の禁じ手。

 

 天頂を覆い尽くすほどの瓦礫の群れと、次元を削り取る赤い魔力の嵐が、扇という一点の標的に向けて、隕石の雨のごとく降り注ぐ。

 

 人間相手には使わないだろうと考えていた『全力』の片鱗。対妖霊用の力を、遺憾なくふるう。

 

 音速を超えた質量の暴雨。

 

 圧縮された大気が先行して廃工場の床をすり鉢状に削り取り、致死の衝撃波となって扇に殺到する。

 

 だが、青い肌を持つ男は、その破滅的な光景を前にしても、ピクリとも動かなかった。

 

 多面体状の結晶の瞳が、無機質に頭上の脅威を見据えているだけだ。

 

 激突の瞬間。

 

 鼓膜を破るような轟音が響き渡るはずだった。

 

 しかし、現実に起きたのは――

 

「――念動金縛り。」

 

 ――完璧なまでの「静寂」だった。

 

 念力による空中固定。

 

 扇の頭上、数メートルの空間に、目に見えない絶対的な境界線が引かれていた。

 

 降り注ぐ何千トンもの鉄とコンクリートの雨、そして空間を侵食する赤い魔力の刃が、その境界線に触れた瞬間、運動エネルギーを完全に消失させ、空中でピタリと停止したのだ。

 

 埃1つ、扇の肌に触れることはない。

 

 彼を取り巻く圧倒的な念動力の防壁が、妖霊の展開した物理的・魔術的な暴力を、文字通り「壁」として空間ごと相殺していた。

 

 ――――嵐風招来―――――

 

 ひらりと、手を一振り。

 

 ただそれだけの動作。

 

 次の瞬間、空を覆っていた瓦礫の雨と赤い魔力の奔流が、元の何十倍もの速度と破壊力を伴って、一斉に妖霊へと逆流した。

 

 あらゆるものがねじれ狂う嵐、念動力によって生み出された荒ぶる力の小さき宇宙、空間そのものが弾け飛ぶような破壊の連鎖。

 

 自らが放った鉄骨が真紅のスーツを貫き、コンクリートの塊が彼女の四肢を無惨に粉砕していく。反転した魔力の刃が、彼女の肉体を構成する仮初の細胞を内側から切り刻む。

 

 高次元の成分で構成された肉体が、物理的な質量と概念的な暴力による圧倒的な蹂躙の前に、ボロボロと崩れ落ちていく。

 

 防壁を張る暇もない。避けることも叶わない。

 

 扇の放つサイコキネシスの圧力は、彼女の周囲の空間そのものを固定し、回避という概念すら奪い取っていた。

 

 ――とはいえ、その程度で死ぬようななまっちょろい妖霊などいない。

 

 ギリギリと力を込めて――放つ。

 

 ごく単純な魔力の本流を生み出す、魔術とも魔法とも言えもしない手品。

 

 それがほんの一瞬きの間、荒れ狂う念力の嵐に穴をあける。

 

 接敵は一瞬だった。

 

 予知の通りの軌道でもって飛来するその肉体は先立ってよりも小さく、それでいて、硬質な輝きを持って見えた。

 

 衝突――固い。

 

「殴り合いか?そういうタイプの妖霊には見えなかったな。」

 

「近頃こういう読み物にはまっているもので――あの箱も、ちょっとしたものだったでしょう?」

 

「漫画文化も善し悪しだな……!」

 

 放たれる拳をすれすれで躱す――予知ができると豪語するだけあり、予知の欠点も理解しているらしい。

 

 この距離で予知は遠距離で使うよりも効果を出せない――着弾までの時間が短すぎるので、次の動きも速い。

 

 距離さえあれば、レーザーだろうが、躱せるが――この距離では、反撃まで手が回らない。

 

 こうなっては彼ら同士の肉弾戦性能だけが物を言う。

 

 そして、その項目に対して、彼は決して素晴らしい能力を持っているとは言えないのだ。

 

 互いの吐息が届くほどの超近接戦闘。

 

 それは、空間を支配する超能力者にとって最も不得手とする間合いであり、同時に、物理的な限界を突破し続けてきた「正義の味方」としての地力が試される領域でもあった。

 

 妖霊の突き出した手刀が、扇の頬を微かに掠める。

 

 ただの打撃ではない。その指先は超高密度の魔力によってダイヤモンドをも容易く断ち切る分子レベルの刃と化していた。扇の肌を保護していたψ意識場の薄膜が、ガラスが割れるような乾いた音を立てて剥離する。

 

 予知の視界には、コンマ数秒後の「死」が幾重にも重なって映し出されていた。

 

 喉元を貫く爪。心臓を抉る掌底。眼球を潰す指。

 

 あまりにも短い時間軸の中に詰め込まれた、高次元生命体による最適化された殺意の連撃。脳が情報を処理し、肉体へと伝達するまでのタイムラグそのものが、この距離では致命的な隙となる。

 

「――まあ。」

 

 別に、不得意とも言っていないのだが。

 

 回転しつつの蹴りを命中させながら、扇は一つ鼻を鳴らした。

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