特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第163話:妖しい気配

「え、なんです、まだお嬢様狙いの勇者いるんですか?秩序委員会に情報流したんでしょう」

 

「うーん、まあ、そうなんだが、そこがちょっと厄介でな。」

 

 驚いたようなゆかりの一言に、七星が顔をしかめる。

 

 秩序体現委員会――その名は、一般人も広く知る『勇者の集まり《パーティ》』である。

 

 彼らは組織として社会的・政治的な発言力を持ち、勇者社会の「法」として君臨しようとするいわゆる表の勇者を抑圧する治安維持組織と言っていい。

 

 勇者狩りとは異なり、一見すると理知的であり、一般の人間にも比較的友好的な勇者である――実際、彼らや水面のような勇者がいるおかげで、勇者と人類の全面戦争になっていないのでは?と語るヒーローは多い。

 

 ただし、根底にある「悪徳勇者を殺す」という暴力的な解決手段――いや、根本原理は勇者狩りと何ら変わりなく一致している。

 

 むしろ、数で囲んで抵抗の余地も何なら、顔を合わせることすらなく殺す彼らの方が無慈悲だという者もいる。

 

 一般人と内実を知る者の間での評価の乖離が最も激しい組織といってもいいかもしれない。

 

「あの連中が、一般人狙いの勇者を見つけて殺さないなんてありえないと思いますけど。」

 

 そう告げるゆかりの一言は、内実を知る者たちの常識だ。

 

 なのだが……

 

「おかしなことに、動いてないんですよ、あの連中。」

 

 いや、正確に言えば、『動こうとしている様子はあるのだが、反応が鈍い』のだ。

 

 普段の秩序体現委員会の動きは極めて迅速だ――何なら、女を狙っているという情報さえあれば、即座に殺しに行ってもおかしくないくらいには。

 

 だというのに――いまだに、その勇者が討伐された形跡がない。

 

「考えられん、あの連中にしては動きが遅すぎる。」

 

「と、言うわけで、今、雄介に確認に行ってもらってるんですが――」

 

 その時だった、天塚のスマートフォンがけたたましく鳴り響いたのは。

 

「噂をすればか。」

 

「ですね――お疲れ様です、みんないますよ。」

 

『ウィ、お疲れ。』

 

 スマートフォンから転送され、スクリーンに大写しになったそこからけだるげな声を上げるのは、このチームのリーダーである扇雄介だ。

 

 背景から察するに外にいるらしい彼は、普段と同じけだるげで、それでいて眉間にしわを寄せた珍しい顔でそこにいた。

 

「先輩、その――」

 

『そっちの話は後だ、ちょっと面倒なことになった。』

 

 謝ろうとしたゆかりを静止するように声がかかる――珍しい反応だ、彼が人の話を遮るのはめったにない。

 

 つまり――それだけ、まずい状況であるということだ。

 

「どした。」

 

『秩序体現委員会は今回の件で静観を決めたらしい。』

 

「――はぁ?」

 

 心から嫌そうに天塚が声を上げた――稀代の頭脳を持ち、勇者すら手が出せぬ知恵者のこんな声を、ゆかりは生涯で二度しか聞いたことがない。

 

「……どういうことです?勇者の犯罪ならあの連中の仕事でしょう?」

 

『そうなんだが――そこが厄介なとこらしくってございますわ。』

 

 顔をしかめて、視線を逸らす彼は、背後の中空を見つめる。

 

『どうも、あの連中は『その勇者を発見できなかった』らしい。』

 

「――はぁ?」

 

 今度は、七星の声が響く。

 

 それは、およそあり得そうもない話だった。

 

 秩序体現委員会には、探知に特化した勇者が複数名存在する。

 

 悪なる勇者を狩ることに人生のすべてを差し出す彼らは、たとえ、原子の塵の1つにまで縮んでも敵を見逃さない。

 

 何なら、別次元のことだってわかっている――そんな噂が出回るほどの探知能力が、彼らにはあるのだ。

 

 だというのに――発見できない?

 

「……普通じゃないな。」

 

『連中も一応麗華から聞き取りはしたらしいし、狙われてるっていくつかの証拠は出てきたらしいんだが――肝心の勇者がどこにもおらんかったってんで、困り果ててる。』

 

 それは、手紙であり、あるいは、この世ならざる物質で構成された贈り物であったり――およそあり得ないだろう念話によるセクハラの形跡であったりしたのだという。

 

 それゆえ、間違いなく何かしらの勇者の手は入っているのだが……その勇者が、見つからない。

 

「珍しい。」

 

『鬼の目に涙が浮かぶくらいにはね。』

 

 実際、それは、10年ヒーローを続けてきた彼らにとっても一度も聞いたことのない話だった。

 

 あの連中に見つけられない敵がいるなどという話は聞いたことが――

 

「――妖霊か。」

 

『かなぁ、と、海軍は思う次第です。』

 

「空軍もその意見に賛成します。」

 

「え、あ、陸軍は……よくわからないので任せます。」

 

「『カッコ悪』」

 

「殴り倒すぞ。」

 

 突然始まった漫才は、しかし、きりりとしまった扇雄介の言葉で締めくくられる。

 

『ディーラーの奴が言ってた『私達』って話からして、もう1体か2体、妖霊がこっちに潜り込んでてもおかしくもない。そいつが手を貸してるって線は……まあ、なくはないなよな。』

 

「ですね……面会の申請しときます。」

 

『よろしくーあ、出社遅れるって社長に言っといてくれ。』

 

「うーす。」

 

 そう言って、電話を切ろうとする――そんな瞬間だった。

 

「――先輩!」

 

 ゆかりの声が響く――どこか切実な様子で。

 

『……どした。』

 

「……御影の話です。何か、ちょっかいは――」

 

『ない――っていっても信じないだろ。』

 

「ええ、手の早い子なので。」

 

『……今朝がたから体に干渉する類の呪いが飛んできてる、僕狙いじゃろうな。自己暗示と超力で弾いちゃおるから問題はないけども。』

 

「!」

 

 表情が引きつる――やはり、もう動いていたのだ。

 

「す、すぐ、すぐ辞めさせますから!」

 

『いいよ、狙わせとけ。』

 

「そんな!」

 

『考えてもみなさいな、多少とはいえ知り合いである僕にこれだぞ?下手に僕に手ぇ出すの止められたら次はその兄さんとやらの婚約者に攻撃行くぜ?』

 

「!」

 

『何があったのかはおおむね把握してる――仕方ないさ、僕だって君の家族から理解されないのがわかってて、君と縁が切れなかったんだから。』

 

 後輩が、自分を慕ってくれるのが、うれしかった。

 

 言ってしまえばその程度の理由だ、断言してもいいが、後輩の家庭を壊していい理由にはならない。

 

「で、でも、先輩は私から離れようとしたじゃないですか!勝手に距離を詰めたのは私ですよ!」

 

『でも、振り払わなかったのは僕だ――その婚約者さん、一般人なんだろ?』

 

「……はい。」

 

『じゃあ、勇者に狙われたらひとたまりもない、しばらくは僕がひきつけるよ。その間に――』

 

「あの子をどうにかするしかない。」

 

『そうなるでげすねぇ、七星さぁん!全知全能のチャクラパワーで何とかしてくださいよー!』

 

「急にぶち込んでくるじゃん……いや、まあ、何とかやっては見る。」

 

『うーす、よろしくー駅入るからいったん切るよーグリーンダヨー』

 

 通話が切れる前の一言は、最近の子供にはわからないCMネタだった。

 

 

 

 

 切れた携帯の画面を一瞥する――さて、これで、御影の方はどうとでもなるだろう、七星はあれで、やると言ったことを違える人間ではない。

 

「――だから、あの子は狙うなよ勇者狩り。」

 

 そう言って、背後を振り返る――夏場の朝方8時前、人が多いはずの道路のど真ん中で止まって、扇雄介は相手を見据える。

 

 ぼろの外套、服装も荒れ果てている浮浪者のごとき容貌――だが、その奥の目だけは爛々と輝き、扇雄介を見据えている。

 

 ()()()()()交差点で、彼は――勇者狩りはじっとこちらを見ていた。

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