特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第166話:そんな物のために

「――で、帰ってきたと。」

 

「キタヨー」

 

「二頭身にならないでくださいね、君しか、ゆかりさん慰められないんですから。」

 

「……今なら二頭身の方があいつ反応するんじゃねぇ?」

 

「そんなわけないでしょう。ほら、早く何とかしてください。先ほどの通信が切れてから、ずっとあの調子です」

 

 天塚が顎でしゃくった先。ラボの隅にある仮眠用ソファで、白雲ゆかりは毛布にくるまり、文字通り小さく丸まっていた。

 

 普段の、エナジードリンクを片手にモニターを睨みつける有能なオペレーターの面影はない。扇が身代わりとなって未知の呪い――自身の従妹からの不当な攻撃を引き受けたという事実が、彼女の精神を深く沈み込ませていた。

 

『私が距離を詰めたせいで、先輩が的に……』

 

 その自責の念が、彼女を泥のような後悔の底に引きずり込んでいるのは明らかだった。

 

「お疲れっす、どしたん。」

 

 扇はスウェットのポケットに手を突っ込んだまま、ソファのそばに歩み寄った。

 

 毛布の山がビクッと跳ねる。だが、顔を出そうとはしない。

 

「……ごめんなさい」

 

 毛布の隙間から、消え入りそうな声が漏れた。

 

「私のせいで。私が、先輩の家の事情とか無視して、わがまま言ってそばにいるから……御影が……」

 

「さっきも気にするなっていったけど。」

 

「でも、呪いかけられてるんでしょう?」

 

「さっき解いたけどね。」

 

「だとしてもです。」

 

「だとしてもだ――君が気にすることじゃない、面倒が起こるって知ってて、君と一緒にいるんだ。」

 

 ぽつりと、どこまでも平坦で、だからこそ嘘偽りのない扇の言葉が落ちる。

 

 毛布がモソモソと動き、そこからひどい顔をしたゆかりが顔を覗かせた。

 

「……先輩は、本当に、そういうとこ……」

 

「かっこいいだろ?」

 

「ムカつきます。」

 

 恨めしそうな、それでいて少しだけ安心したような視線を向けられ、扇は小さく笑った。

 

「まあ、呪いなんて僕には効かんし、気に病むこたぁない。それより、ちゃんと寝てから仕事しろよ。目の下、すごいことになってるぞ。」

 

 そう言って毛布越しに頭をポンと叩くと、ゆかりは小さく息を吐き、「……はい」とだけ返して再び毛布に潜り込んだ。

 

 ひとまずはこれでいいだろう。これ以上慰めるのは、彼の能力では無理だ――超能力者というと何でもできるように思われがちだが、信じてほしい、人よりささやかに器用なだけなのだ――し、彼女も望んでいないはずだ。

 

「で、どうすんだ。」

 

 扇が身をひるがえし、パイプ椅子に腰掛けていた七星に視線を向ける。

 

「どうって、御影女史?」

 

「ああ。呪いが飛んできたってことは、向こうの認識としては『僕がいなくなれば万事解決』ってことになってるんだろうが……」

 

 七星は椅子を小さくきしませながら、難しい顔で腕を組んだ。

 

「まあ、もしほんとにそうなら、お前に死んでもらってあとで復活してねで話は済むんだが。」

 

「何か作戦の前提に死ぬことが組み込まれている――いや、別にいいけど。」

 

 いいんだ……?と言いたげにこちらを見つめる友人2人に首をひねる――今更だ、夢のために死ねるのだから、自分を愛する人間のためにだって死ねる。

 

「まあ、そこはさておき――問題は見えてない方の勇者だ。」

 

「まさか、勇者狩りにも見つけられないとは思いませんでしたねぇ。」

 

「あいつに見つけられんとなると――可能性あるのはあれか、『天の眼』。」

 

「いやーあいつに頼むのは無理だろ、見たことでほんとのことなんて言わんぞ。」

 

「「どこまでも、面倒な奴め……」」

 

 心からげんなりとつぶやく――いや、本当に、どこまでも手間のかかる勇者なのだ、あいつは。

 

「となると――どうしますかねぇ。」

 

「とりあえず妖霊とはもう1回会うしかないだろ、麗華に連絡は?」

 

「取りました、雨傘さんが、持ってきてくれるとか何とか。」

 

「それなら、そいつのサイコメトリーと……あとは――」

 

 ちらり、と視線が脇をむく。

 

 この気配は――

 

「ちょっとトイレ行ってきまーす。」

 

「へーい。」

 

 七星の気のない返事でゆかりの耳をだました隙に、天塚が告げる。

 

「屋上人いませんよ。」

 

「うっす。」

 

 それは、開幕の地点を決める一言。

 

 無機質なエレベーターの箱に揺られ、扇雄介は屋上へと足を運んだ。

 

 重い鉄扉を押し開けると、夏の生ぬるい夜風が汗ばんだ頬を撫でていく。

 

 下界の喧騒から切り離された、星すら見えぬ薄曇りの空の下。

 

 七星の言葉通り、人っ子一人いないそのコンクリートの平原には、しかし、明らかに「異物」の気配が澱のように漂い、空間を歪ませていた。

 

「――へぁぁ……今日は嫌に勇者にからまれるな。」

 

「そうされたくないなら――」

 

「――人様の家庭に手ぇ出さんかったらええん違う?」

 

 言いざま現れるのは2人の人影――見慣れて、聞きなれてきた2つの声。

 

「そうはいってもな、僕らにだってお付き合いってもんがあるんだよ。」

 

「それは、家族より大事なことですか?」

 

「家族を作る過程だからな。」

 

「――そんなもののために、私の家族を壊さないで!」

 

 出会ってから初めて感情を激発させた少女――黒土御影は、まるでのたうつ蛇のように呪いの束を放った――まったく、面倒な一日だ。

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