鏡面次元に構築された偽りの都市は、無惨な破壊の爪痕を刻まれ続けていた。
降り注ぐ氷の槍がアスファルトを穿ち、炸裂する高密度の魔力弾が廃ビルの壁面を抉り取る。土煙が舞い上がり、視界を遮るほどの粉塵が渦を巻く中、それでも攻撃の手が休まることはない。
サファイアブルーのケープを翻し、黒土御影は虚空に展開した数十もの魔法陣から、己の限界を無視した飽和攻撃を絶え間なく放ち続けていた。
彼女の瞳に宿るのは、これまで見せていた無機質な冷たさではない。自分のテリトリーを侵す異物を排除しなければならないという強迫観念と、どれだけ魔力をぶつけても傷1つ負わせられない相手に対する、底知れぬ焦燥だった。
「なんで……っ、なんで、消えないのよ!」
御影の唇から、悲痛な叫びが漏れる。
彼女の放つ魔法の弾幕は、青い肌を持つ超人の数メートル手前で、ことごとく見えない壁に阻まれて弾け飛んでいた。扇雄介の展開する極限に圧縮されたψ意識場が、あらゆる物理的、魔術的なエネルギーを完全に相殺しているのだ。
「御影、無理すんな! うちが決める!」
妹の異常な消耗を察知し、真紅のバルーンスカートを纏った灯が横から飛び出した。
炎を纏わせた刀を上段に構え、七星直伝の流麗な足運びで扇の死角へと潜り込む。魔法による牽制で生まれた一瞬の隙。そこへ向けて、灯は渾身の力を込めた袈裟斬りを放った。
空気を焼き切るような轟音。
だが、扇雄介は見逃さない。
あまねく時の流れを見抜く彼にとっては、灯の動きすらもかつて見た映画のワンシーンと変わらない。
扇は軽く上体を反らし、燃え盛る刃を鼻先数ミリでやり過ごす。
そのまま反撃に出ることは容易い。念動力の塊を1つぶつければ、2人の魔法少女を無力化することなど一瞬で終わる。
しかし、彼は両手を下げたまま、ただひたすらに防御と回避行動だけを選択し続けていた。
『そろそろガス欠だな……』
扇は多面体状の結晶の瞳を細め、息を乱す御影の姿を見つめた。
感情を失いかけていた彼女が、初めて明確な怒りと恐怖を露わにしている。それは彼女が人間性を取り戻すための必要な「痛み」であり、「羽化」の過程だ。だからこそ、扇はすべての攻撃を受け止め、彼女の心が限界に達して本音を吐き出す瞬間を待っていた。
かなりの荒療治だが、仕方がない――加護の抑制を超えるほどの圧力がなければ、彼女の心を引っ張り出すことはできない。
さて、あとはどうやって安全にクールダウンさせるべきか。扇がそう思案した、まさにその刹那だった。
『――雄介、交代。』
階下からの思念の到達――七星?
『どした。』
『あの女自分から来やがった。』
『!』
それは、ある種の予想外であり、ある種の狙い通りだった。
あの妖霊の女――ディーラーが、自分でこの会社に来ることを決定したため、政府が高速で動いたのだ。
今現在、あの妖霊たちは政府機関の監視下にある。
ほぼ常駐状態の勇者たちに監視され、動けない状態で確保している――
実際には、『行動不能なほど損耗した妖霊』が2体と、『行動を自ら抑制している妖霊』が1体いるだけだ。
そして、その『行動を自ら抑制している妖霊』こそが――あのディーラーだった。
ゆえに、政府はあの女の意向に逆らえない――あの女が自発的に抑制状態から解き放たれれば、その場で、この状態は終わるのだから。
『お前の心意気はもう十分伝わったろ、それでも止まれない分は俺が受けるさ――止めるって約束してんだ、俺。』
『じゃあ最初から出てきなさいよ。』
『まさか、鏡面次元まで行って殺し合いしてると思ってねぇんだよこっち。屋上に誘い出した意味さ。』
『向こうがガチギレブンブン丸だからね。是非もないよね。』
「死語じゃねそれ。」
『……おっちゃん、言葉の流れが速すぎてついていけない……』
そう告げた次の瞬間、扇の姿は特撮班のオフィスのある階のトイレの中にあった。
「あいつ、捨て台詞それでいいのか……?」
――代わりに現れたのは……1人の男。
「――七星。」
「さんを付けなさいよ年下。」
苦笑交じりに告げる――この分ではそうそう止まれそうもないなと思いながら。
「――おっさん相手やったら、遠慮はいらんよな!」
入れ替わったばかりの七星に向け、灯が吠え、真紅のバルーンスカートを翻して跳躍する。
炎を纏った刀が、上段から唐竹割りの軌道で振り下ろされた。
扇のように空中に留まりすべてを弾き返すような真似はしない。七星は静かにアスファルトの床に降り立ち、リラックスした立ち姿のまま、迫り来る灼熱の刃を見上げた。
「遠慮はしなくていいが、雑な攻撃は怪我の元だぞ」
言葉と同時、七星の身体がブレた。
最小限の体重移動。刀の軌道から半歩だけ身をずらし、振り抜かれた刀の側面に掌を添える。
王心七征拳の理合――相手の力を殺さず、自らの動きに巻き込む。
「――あいつから道徳の授業は受けたろ、あとは――保健体育だ、来いよ、ストレス発散に付き合ってやろう。」
そう言って、首を鳴らす――まだ少しばかり、吐き出せる澱が残っているだろう。
そして多分、それが一番重要なものなのだ。