特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第168話:選手交代

 鏡面次元に構築された偽りの都市は、無惨な破壊の爪痕を刻まれ続けていた。

 

 降り注ぐ氷の槍がアスファルトを穿ち、炸裂する高密度の魔力弾が廃ビルの壁面を抉り取る。土煙が舞い上がり、視界を遮るほどの粉塵が渦を巻く中、それでも攻撃の手が休まることはない。

 

 サファイアブルーのケープを翻し、黒土御影は虚空に展開した数十もの魔法陣から、己の限界を無視した飽和攻撃を絶え間なく放ち続けていた。

 

 彼女の瞳に宿るのは、これまで見せていた無機質な冷たさではない。自分のテリトリーを侵す異物を排除しなければならないという強迫観念と、どれだけ魔力をぶつけても傷1つ負わせられない相手に対する、底知れぬ焦燥だった。

 

「なんで……っ、なんで、消えないのよ!」

 

 御影の唇から、悲痛な叫びが漏れる。

 

 彼女の放つ魔法の弾幕は、青い肌を持つ超人の数メートル手前で、ことごとく見えない壁に阻まれて弾け飛んでいた。扇雄介の展開する極限に圧縮されたψ意識場が、あらゆる物理的、魔術的なエネルギーを完全に相殺しているのだ。

 

「御影、無理すんな! うちが決める!」

 

 妹の異常な消耗を察知し、真紅のバルーンスカートを纏った灯が横から飛び出した。

 

 炎を纏わせた刀を上段に構え、七星直伝の流麗な足運びで扇の死角へと潜り込む。魔法による牽制で生まれた一瞬の隙。そこへ向けて、灯は渾身の力を込めた袈裟斬りを放った。

 

 空気を焼き切るような轟音。

 

 だが、扇雄介は見逃さない。

 

 あまねく時の流れを見抜く彼にとっては、灯の動きすらもかつて見た映画のワンシーンと変わらない。

 

 扇は軽く上体を反らし、燃え盛る刃を鼻先数ミリでやり過ごす。

 

 そのまま反撃に出ることは容易い。念動力の塊を1つぶつければ、2人の魔法少女を無力化することなど一瞬で終わる。

 

 しかし、彼は両手を下げたまま、ただひたすらに防御と回避行動だけを選択し続けていた。

 

『そろそろガス欠だな……』

 

 扇は多面体状の結晶の瞳を細め、息を乱す御影の姿を見つめた。

 

 感情を失いかけていた彼女が、初めて明確な怒りと恐怖を露わにしている。それは彼女が人間性を取り戻すための必要な「痛み」であり、「羽化」の過程だ。だからこそ、扇はすべての攻撃を受け止め、彼女の心が限界に達して本音を吐き出す瞬間を待っていた。

 

 かなりの荒療治だが、仕方がない――加護の抑制を超えるほどの圧力がなければ、彼女の心を引っ張り出すことはできない。

 

 さて、あとはどうやって安全にクールダウンさせるべきか。扇がそう思案した、まさにその刹那だった。

 

『――雄介、交代。』

 

 階下からの思念の到達――七星?

 

『どした。』

 

『あの女自分から来やがった。』

 

『!』

 

 それは、ある種の予想外であり、ある種の狙い通りだった。

 

 あの妖霊の女――ディーラーが、自分でこの会社に来ることを決定したため、政府が高速で動いたのだ。

 

 今現在、あの妖霊たちは政府機関の監視下にある。

 

 ほぼ常駐状態の勇者たちに監視され、動けない状態で確保している――()()()()()()()()()()()

 

 実際には、『行動不能なほど損耗した妖霊』が2体と、『行動を自ら抑制している妖霊』が1体いるだけだ。

 

 そして、その『行動を自ら抑制している妖霊』こそが――あのディーラーだった。

 

 ゆえに、政府はあの女の意向に逆らえない――あの女が自発的に抑制状態から解き放たれれば、その場で、この状態は終わるのだから。

 

『お前の心意気はもう十分伝わったろ、それでも止まれない分は俺が受けるさ――止めるって約束してんだ、俺。』

 

『じゃあ最初から出てきなさいよ。』

 

『まさか、鏡面次元まで行って殺し合いしてると思ってねぇんだよこっち。屋上に誘い出した意味さ。』

 

『向こうがガチギレブンブン丸だからね。是非もないよね。』

 

「死語じゃねそれ。」

 

『……おっちゃん、言葉の流れが速すぎてついていけない……』

 

 そう告げた次の瞬間、扇の姿は特撮班のオフィスのある階のトイレの中にあった。

 

「あいつ、捨て台詞それでいいのか……?」

 

 ――代わりに現れたのは……1人の男。

 

「――七星。」

 

「さんを付けなさいよ年下。」

 

 苦笑交じりに告げる――この分ではそうそう止まれそうもないなと思いながら。

 

「――おっさん相手やったら、遠慮はいらんよな!」

 

 入れ替わったばかりの七星に向け、灯が吠え、真紅のバルーンスカートを翻して跳躍する。

 

 炎を纏った刀が、上段から唐竹割りの軌道で振り下ろされた。

 

 扇のように空中に留まりすべてを弾き返すような真似はしない。七星は静かにアスファルトの床に降り立ち、リラックスした立ち姿のまま、迫り来る灼熱の刃を見上げた。

 

「遠慮はしなくていいが、雑な攻撃は怪我の元だぞ」

 

 言葉と同時、七星の身体がブレた。

 

 最小限の体重移動。刀の軌道から半歩だけ身をずらし、振り抜かれた刀の側面に掌を添える。

 

 王心七征拳の理合――相手の力を殺さず、自らの動きに巻き込む。

 

「――あいつから道徳の授業は受けたろ、あとは――保健体育だ、来いよ、ストレス発散に付き合ってやろう。」

 

 そう言って、首を鳴らす――まだ少しばかり、吐き出せる澱が残っているだろう。

 

 そして多分、それが一番重要なものなのだ。

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