特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第169話:舐めやがって

 ひび割れたコンクリートの上に立つ七星一也は、くたびれたスウェット姿のまま、静かに呼吸を整えていた。

 

 対峙する2人の勇者――真紅の魔法少女と化した灯と、サファイアブルーの光を纏った御影。

 

 彼女たちの全身から噴き出す魔力は、もはや制御の範疇を越え、周囲の酸素を焼き、大気を極低温へと凍りつかせる。それは、行き場を失った感情が純粋な破壊のエネルギーへと変換された、理不尽なまでの暴力。

 

 灯が地を蹴った。

 

 七星から叩き込まれた格闘術の理合に基づき、無駄な予備動作を一切排した爆発的な突進。灼熱の炎を宿した刀が、七星の脳天を断ち割らんと垂直に振り下ろされる。

 

 七星は動かない。

 

 刃が彼の髪を焦がす数ミリの距離まで肉薄した瞬間、彼は首を僅かに傾けるだけでその1撃を回避した。空を切った刀がコンクリートをバターのように切り裂き、轟音と共に爆炎が吹き上がる。

 

 その爆煙の中から、蛇のようにしなる光の鎖が数十本、七星の四肢を縛り上げんと殺到した。御影が放つ捕縛の術式。物理的な質量を持たず、対象の魔力回路に直接干渉して自由を奪う「勇者」の権能。

 

 七星は、迫り来る鎖の群れを視認することすらしない。

 

 彼の内奥、第2のチャクラ「スヴァーディシュターナ」が活性化し、全身の血流と神経伝達速度を極限まで引き上げる。

 

 スウェットの裾を揺らしながら、七星は踊るようなステップで鎖の網目をすり抜けていく――刹那、風切り音が響く。

 

 横薙ぎの1閃。

 

 それも、腰を回し、全身の体重で振ったその1打は明らかに、自分が教えた動きだ。

 

『勇者ってすげぇよなぁ、ちょっと教えたらできるもんこれ。』

 

 内心で勇者という生き物のインチキ性に舌を巻きつつ、七星はその1撃を――膝と肘で受け止めた。

 

 灯が飛び込んできた右側の両手両肘が刃を上下で挟む――刀の、いや、刀剣の欠点を突かれた。

 

 刃がない部分は切れない。当たり前の道理だが、これを勇者相手にできる人間など、世界広しと言えど彼ぐらいのものだろう。

 

 そのまま、左手を添える――このまま力を込められれば折れると察した灯の引き腕に合わせて体を回し、右肘で喉を、右ひざで腰を掬い上げるように投げる。

 

 合気の一種、足らない力を勇者自身に使わせる1撃、生身でも使える数少ない勇者対策の攻撃だった。

 

「――生身でここまで捌かれると心外なんやけど」

 

 地面に転がってぽつりとこぼす灯に、七星はからからと笑う。

 

「これが俺のいいとこだ、雄介ほど便利じゃないし、天塚ほど頭も回らんが――生身でも強い。」

 

 チャクラの研鑽の果てに得た超常の肉体はこの姿でも変わらない――あくまでもあの変身体は『すべてを超越した』状態であって、チャクラを開いていないからと言って弱いわけではないのだ。

 

「――まあ、君らが迷ってなかったら、たぶん今頃死んでるがね。」

 

 ――その一言に、灯は1瞬瞠目した。

 

「……ばれた?」

 

「みんな知ってるよ。ゆかりもな――妹さんに頼まれて、断れなかったんだろ?」

 

 それをゆがみというのは簡単だった。

 

 妹に頼まれたからと殺人に手を貸すなどおかしいと語るのは、まったくもって正しいことだ。

 

 だが――もう、この2人にはこれしかないのだ。

 

 自分たち超人は加護に縛られていない。

 

 自分の意思で――いや、自分の意思()()()超常を扱う者。

 

 そこに妖霊の意図も、変わってしまった自分への思いもない――彼らは変わらないがゆえにここにいるから。

 

 姉と慕うゆかりや母である未来も加護を知らない。

 

 彼女たちは守られるべき只人だから。

 

 だから――誰も知らない。

 

 変わってしまった自分がわかっているのに、それをどうにもできない恐怖など、誰にも。

 

 それは、ある種扇雄介たちが起こした最大の問題だ――ほかの勇者たちのように加護に狂うのではなく、加護と以前の自分を俯瞰視させ、そのうえで、勇者を上から押さえつけられる力を得てしまった彼らの。

 

 わかってしまったのだ、自分が、以前の自分と違うことを。

 

 知ってしまったのだ――自分たちが、もう、変わり果てていることを。

 

 理解できてしまったのだ――あるいはもう、自分たちが家族のことを家族と呼べない存在になってしまったかもしれないことを。

 

 だから――黒土灯は、黒土御影の言葉を断れない。

 

 この世で唯一加護にあらがってしまった彼女はもう、勇者にすら戻れないから。

 

 この世で唯一『自分と同じ』家族を見捨てられない――見捨てられたくない。

 

 世界で2人だけしかいなくなってしまった姉妹は、結局、世界のどこにも行けずに2人で震えているだけだ。

 

「――うちらも、設楽達みたいになるん?」

 

「……」

 

「自分の家族のことも、どうでもよおなって、わけわからんバケモンと手ぇ組んで、あんなことするんかな?」

 

 しないさ、とは言えなかった。

 

 加護が彼女たちに与える影響は大きい。御影が、扇雄介という知人を殺そうとしているように。

 

「御影、悪い子ちゃうねん。」

 

「知ってるよ。」

 

 ゆかりが、何度も語ったことだ。

 

「ただちょっと、引っ込み、じあんなこで。嫉妬しいで……だから――」

 

「わかってるよ、休め。」

 

 出会ってから初めて、ありありと涙を流す少女に、口下手な男が言えることはそれだけだ。

 

 視線を御影に移す――こちらをにらんで魔力をためながら、笑いながら無表情になっている少女を、見つめる。

 

「舐めやがって。」

 

 初めて勇者と出会ってからずっと、あの忌々しい高等生物共に思っていたことが、思わず漏れた。

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