特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第170話:因果は巡る

「―――――――――――七星ぃ……!!」

 

「さんを付けろ、お母さんがしつけを疑われんぞ。」

 

「お前たちが……!お前たちがお母さんたちを!」

 

「語るなってか?いちおう、知り合いだし、付き合いもないじゃないからな、口だって出すさ。」

 

「――――――!!」

 

 言葉にならない絶叫が、夜の帳が下りた屋上の空気を震わせた。

 

 サファイアブルーの瞳から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。これまで能面のように無表情を貫き、他人の生死にすら一瞥もくれなかった少女の顔が、今は痛々しいほどに歪んでいた。

 

 黒土御影の全身から、制御を失った魔力が間欠泉のように噴き出す。

 

 彼女の背後に展開されたのは、1つや2つではない。数十、数百にも及ぶ幾何学的な魔法陣が、夜空を埋め尽くすように重なり合い、圧倒的な飽和攻撃の牙を剥いていた。

 

 光の鎖が蛇のようにうねり、絶対零度の冷気を纏った氷の槍が空中で形成される。さらに、コンクリートを容易く消し飛ばす高密度の魔力弾が、星々の瞬きのように無数に浮かび上がった。

 

 それは、1人の少女が抱えきれなくなった「恐怖」と「混乱」の具現化だった。

 

「なんで……なんで入ってくるの! 私たちの家族の中に!」

 

 御影の悲痛な叫びと共に、魔法陣が一斉に火を噴いた。

 

 豪雨のごとく降り注ぐ魔法の嵐。鏡面次元でなければ、周囲の街区ごと跡形もなく消し飛んでいたであろう災害レベルの破壊力が、スウェット姿の男――七星一也という一点に向けて殺到する。

 

 だが、七星は逃げない。

 

 変身すらしていない。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 化け物にあの子はたぶん救えないから。

 

 緩やかに、歩く。

 

 スーツを脱いできておいてよかった、シャツもジャケットも、ズボンも一張羅だ、破れたら困る。

 

「ここしか―――ここしかないの!」

 

 頬をかすめる攻撃は殺意と葛藤の表れだ――殺したいのではなく殺さねばならないのだ、彼女は。

 

 それが、たぶんこの子の本音だった。

 

「異世界にも行けない、この世界にも居場所がない――もう何もわからない私は!ここにしかいられない!」

 

 半分の顔で泣き――半分の顔は怒っている。

 

 そう見える、だが、実際は――おそらく、どちらでもない。

 

 感じないのだ、たぶんもう、今の状態すら。

 

 だから、必死に、こちら側にしがみつきたい。

 

 しがみつかなければならない。

 

 だから、彼女は扇雄介を殺さねばならない。

 

 彼女が嫉妬しているからではない、彼女は、彼女でいるために彼女が行っていた行動を繰り返す必要があるのだ。

 

「殺さないと――殺してた私に戻らないと、もう誰が私なのかわからなくなる!嫉妬しないといけないの!嫉妬して、殺して――そこまでしか思い出せない!知ってるのに!私がこんなじゃなかったって!!嫉妬してた私までしか――あそこからしか戻れないの!人間だった私に!」

 

 それが、彼女の暴走だった。

 

 思い出さねばならない。

 

 だから、最初は扇が出た。

 

 彼のテレパス――ESP能力ならば、彼女の内側に秘めた、加護にゆがめられぬ過去を引き出せると思っていたから。

 

 だが――多分、必要ないのだ。

 

 灯との接触でわかった、加護というのは、ことのほか厄介だ。

 

 彼女たちは、以前の自分を忘れたわけではない、覚えているが、変化がわからないのだ。

 

 王心七征拳の歩法。

 

 ただ歩いているようにしか見えないその動きは、迫り来る魔術の軌道をコンマ数秒の世界で見切り、紙一重の隙間を縫うように前進していく。

 

「なんで避けるの! なんで反撃しないの!」

 

 轟音の中で、御影の泣き叫ぶ声が響く。

 

 彼女の手から放たれる光の鎖が七星の四肢を縛ろうと絡みつくが、七星は腕を軽く回し、合気の理合でその力のベクトルを逸らす。鎖は空しく空を切り、彼自身の軌道を阻むことはない。

 

 そして、わからない変化を、自分たちが自覚させた。

 

 だから――自分たちが受け入れてやるしかないのだ。

 

「でも、殺す必要はない。」

 

「それしかわからないの!」

 

「知ってる。それでもだ、わかってるだろ、ゆかりは怒るぞ。」

 

「わかって、わか、わかってるけど!わか、わかって、わかってるけど!!!でも、私は止まれない!!止まり方が、もう……!」

 

「わかってる――休め。」

 

『私が、私じゃなくなるのが怖い』

 

 そう思ったことすら、よくわからなくなって――彼女はそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 抱える。

 

 今回は、彼女の意思で抑制できた、素晴らしいことだ。

 

 だが、目を閉じた彼女は、次に目覚めた時にどうなっているのだろう。今はこれでどうにかなっているが――次は?

 

 そう考える七星の眼光は鋭い。

 

 設楽は元から問題のある人間だった。それはいい。

 

 だが、彼女はどうだ?

 

 止まらない衝動にあおられて、自分がどうしていいのかもわからずに泣きわめいている彼女は。

 

 水面だってそうだ。

 

『自分を知らしめる』欲求のまま、休むことすら忘れてその力を振るう彼を、自分たちすら利用した。

 

 必要だったと寝言を言うことはできるが――結局は、同じ穴の狢だ。

 

 加護に導かれるがまま、加護に支配されて文学少年は今や国の犬だ。

 

 勇者狩りでさえ、母親を置いて浮浪者のように生活しながら勇者を倒して回っている……もうどれだけ、あの家に帰っていないのか、全く分からない。

 

 そのくせ、妖霊どもは自分たちの世界でぬくぬく人が呼び出されているのを見てるわけだ。

 

「舐めやがって……」

 

 心から忌々しげに、七星一也は吐き捨てた。

 

 ――その時だった、背筋におぞけが走ったのは。

 

 全知全能にすらなりうるとされるチャクラが、その力にわなないている――これは――

 

「……雄介の奴なんできれてん……あー……」

 

 気が付く。

 

 この空間に2人を導いたのは彼だ。そして、あの男の超感覚はたやすく次元の壁を貫く――つまり。

 

「あー……」

 

 あの心配性が、自分のことも彼女たちのことも気にしていないはずがない。そして――彼女の涙も、心の動きも、自分よりよほどはっきり見えたのだ。

 

 だとすれば――

 

「……どうなっても知らんぞ……」

 

 視線を逸らす――どうも、因果はやはり巡り巡るらしかった。

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