特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第171話:――へぇ?

「――スーツに着替えた扇雄介を待ち構えていたのは、以前会った時よりも少し疲れている水鏡の勇者と、それに抱えられた水槽だった。

 

 何をふざけているのか――そう思うかもしれないが、そうとしか言えないのだ。

 

 水面の両手に抱えるほどの大きさのそれは、ともすれば大きめなピッチャーのようにも見える円筒形であり、天塚新が作り出した最新のおもちゃだ。

 

 あらゆる外気外圧に耐えうる設計となったそれは、伝導性の一切ない特異な液体であり、熱も、電気も、重力子すら通さないと豪語する鉄壁の守りだ。

 

 その中には、あの日、摘出されたものよりもより洗練された形になりつつある球状の物体が浮かんでいる。

 

「なんかちょっと回復してねぇ?」

 

「っく、僕の傑作でも、魔力を完全には遮断できませんでしたか……!」

 

「……いや、あの、まじめな話、魔力を多少でも遮断できる液体ってだけで政府の関係者何人か泡を吹いたのでここらへんで矛を収めてください。」

 

 困ったように笑う水面は、やはり、以前より痩せて見える――無理をしているのだろう、もとより、人付き合いが得意な部類の男ではないのを、無理やり国の犬でいる男だ。

 

 心配の声を発する直前、それは起きた。

 

 外部からの干渉を完全に遮断するはずの特異な液体。その底で澱のように沈殿していた赤黒い球体が、微かな脈動と共に形を変えようとしていた。

 

 ボコ、ボコォッ……

 

 粘度の高い液体の中で、球体が泡を吹きながらひしゃげ、伸びる。

 

 やがて形成されたのは、水槽のサイズに収まるほどに縮小されながらも、精巧なビスクドールのような輪郭を持った『顔』だった。

 

『――お久しぶりですね、正義の味方の皆様。このような狭苦しい瓶の中からご挨拶することになるとは、少々遺憾ですが』

 

 空気を震わせる声ではない。水槽のガラス面を微小な魔力で振動させ、直接鼓膜に音を届けるという悪趣味な念話だった。

 

 完全に封じ込められ、絶対的な劣勢にあるというのに、液体に浮かぶその左半分の顔には、あの時と変わらぬ完璧な営業スマイルが貼り付いている。

 

「……劇場版の社長みたい。」

 

「油圧プレスとかでつぶされそう。」

 

『あいにくと使徒再生はしておりませんよ。』

 

「「あの人天然物だろ。」」

 

 はたから聞けば意味の分からない会話――実際、水面は顔をしかめて首をひねっている――を繰り広げて、扇は目の前の椅子に座る。

 

 冗談の時間は早々に終わった。

 

「今日呼ばれた理由に心当たりは?」

 

『ありすぎてどれのことか……記憶が正しければ、勇者拉致に関する質問会は明後日だったと記憶していますが。』

 

「そうだっけ……あ、うん、そうみたいね。」

 

 傍らで呆れた視線を投げかけている天塚にひるんだように扇は続ける――仕方ないだろう忙しくて忘れていたのだ。

 

「まあ、そこはいいや、どうせお前から引き出せる情報は全部引っこ抜くし、そっちはいいんだが――お前、仲間居るだろ。」

 

『ええ、一応、志を同じくする同士が幾人か。』

 

「名と情報を出せ――もし出したら、もう少し大きな水槽にしてくれるようにこいつに頼んでもいい。」

 

 そう言って、視線を天塚に向ける――片眉を上げるその表情は絶妙に何を言っているのかわからない。

 

『ふふっ……相変わらず、交渉の仕方が独特ですね』

 

 液体の中で揺らめく左半分の顔は、その脅しを受けてもなお、完璧な営業スマイルを崩さなかった。

 

『ですが、生憎と我々の間には、あなた方人間が持つような「仲間意識」や「同胞への情」といった感情的繋がりは希薄なのです。私が彼らの情報を売ったところで、心が痛むわけでもありませんし、忠誠心も持ち合わせておりません』

 

「なら話が早い。さっさと吐け。」

 

『お断りします――我々にも大義があるといったはずですよ。』

 

 ――大義。即ち、『勇者という病を治す』という目的。

 

 この世をまるで不治の病のように侵し、乱す、それは正しく悪鬼羅刹。

 

 それを、彼女たちは治したい――数1000万の死体の上で。

 

『我々としても、引ける状況ではないのです。』

 

「人を傷つけておいてか?」

 

『局所的な痛みを嫌い、病巣を温存すれば、やがて世界そのものが勇者という癌細胞に食い尽くされる。我々はそれを根治しようとしているだけです。多少の荒療治は、大局的な視点で見れば必要な犠牲ですよ。』

 

「患者の同意も得ずにメスを入れるのを、世間じゃ傷害罪って言うんですよ。」

 

 天塚が白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、冷ややかに切り捨てる。

 

「あなた方の『大義』とやらがどれほど高尚だろうと、僕らの生きる3次元の倫理には適合しない。リコール対象の不良品をばら撒いておいて、それを正当化するのは見苦しいですね。」

 

『理解されずとも結構。我々は我々の責務を果たすのみ。故に、同志の情報は渡しません。』

 

「……勇者のことも気にせずか?」

 

 思い返すのは自分が力を封じる前の設楽の姿。

 

 泡を食って、懇願して、絶望していた。

 

「お前たちの都合で、力を与えて、それが不必要になったら捨てて、そのうえ、今度は雑菌か病気と同じ扱いをするのか?」

 

 彼らが、勇者を拉致被害者と呼ぶのはそれが理由だ――許されないことはあるが、彼らを一概に『悪』とだけ呼ぶには、彼らは救いがなさすぎる。

 

 悪いことはいいことを台無しにはしないものだ――いいことで、悪いことを帳消しにもできないが。

 

「アイツらへの補填も考えず、加護で思考をゆがませて、過分な力といらぬ名声で惑わして――その結果が、病気か?雑菌のように駆除されるべきだと、そういうわけか?」

 

 そんな扇の一言に、ディーラーの女は心から不思議そうに――

 

『だって、彼らはもう人ではないでしょう?』と告げた。

 

『人ならざる力を身に着け、人を超えた倫理で動き――人を思いやる心がない。あなたたちの定義に合わせれば、あれはもう人ではありませんよ。』

 

 それこそ、怪人だ――そう言ったとき、天塚は脳内で緊急警報が鳴り響くのを聞いた。

 

「―――へぇ?」

 

 1瞬、彼は自分が生きているのか死んでいるのかわからなくなった。

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