特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第175話:消えない怪人と姫騎士

 街に降り注ぐ雨。高層ビルを破壊し、コンクリートの破片が濁流と共に道路へと降り注いでいる。

 

 サイレンの音と逃げ惑う人々の悲鳴が交錯する中、荒れ狂う都市のど真ん中を闊歩する異形が1つ、嘆くような呻き声を上げながら破壊の限りを尽くしていた。

 

 それは、もはや人間の原型を留めていない。

 

 肥大化した水死体のようにぶよぶよと膨れ上がった半透明の肉体。体表には無数の「管」のような器官が浮き出し、周囲の雨水を貪るように吸収しては、自らの体積を絶え間なく膨張させている。

 

 怪人。

 

 H.A.Dの影響で変異した人間。

 

 噂では政府側と協力関係にある勇者によって源泉を絶たれたはずの薬だが……それゆえに、希少性を増し、数少ない現品が超高額――それこそ、東京の一等地で豪邸が建つほどの高額――で取引される代物。

 

 その取引に飛び込んでみれば、このざまだ。

 

 生理的嫌悪感を煽るその怪物の前に、果敢に立ち塞がる人影があった。

 

 十字軍の騎士を思わせる重装甲のアーマーを纏い、身の丈に余る巨大な斧槍《ハルバード》を構えた男。胸の中央で鈍く光る旧式の『トランサー』だけが、彼がこの街を守るヒーローであることを示している。

 

「くっ……!」

 

 怪人の全身の管から、雨霰のように高水圧の弾丸が掃射される。

 

 R・ハルバードと名乗るその男は、装甲で水弾を弾きながら必死に距離を詰めた。装甲が凹み、関節部が悲鳴を上げている。だが、ほんの一瞬でいい。怪物の猛攻を耐え抜き、渾身の一撃を叩き込めれば。

 

 雨の合間に生じた、わずかな死角。

 

 男は獣のように吼え、踏み込んだ。

 

「もらったァッ!」

 

 斧槍を大上段から振り下ろす。全体重と魔力を乗せた必殺の一撃が、怪人のブヨブヨとした腕に直撃した。

 

 だが。

 

 ――ボシュッ。

 

 鈍い、泥を叩いたような音。

 

 刃は怪人の体表を数センチ切開しただけで、それ以上は全く進まない。まるで硬質なゴムの塊に刃を食い止められたかのように、衝撃が完全に吸収されていた。

 

「刃が、通らねぇ……!」

 

 驚愕する彼に、怪人がゆっくりと首を向ける。

 

 目も鼻もないのっぺりとした顔面の奥から、不気味な電子音のような鳴き声が漏れた。存在しない視線が交差した錯覚に、男の背筋が凍りつく。

 

「――っ!」

 

 薙ぎ払われる巨大な水腕。何倍もの質量を持つ水球の塊から繰り出される一撃は、軽く払う程度の動作でさえ致死の脅威だ。

 

 R・ハルバードの巨体は軽々と宙に浮き、後方のビルの壁面へと無惨に叩きつけられた。

 

「ガハァッ……!」

 

 飛び散る瓦礫の中、男は血を吐きながらも落とした斧槍を握ろうと身をよじる。だが、怪人は容赦しない。両肩に備わった巨大な給水管が、まるで戦艦の主砲のように彼へと向けられた。

 

「させるか!」

 

 水弾が放たれるよりも早く、ビルの上から桜模様の装甲を纏った女性ヒーローが飛び降りてきた。

 

 桜花乱舞、『しなやかな斬撃の精霊』のヒーローは胸のトランサーを明滅させ、デタラメなスピードで刀を振るい、迫り来る水弾の軌道を次々と切り伏せていく。

 

「ハルバード、動ける!? すぐに距離を取らないと――」

 

「ああ、すまん……いや、マズイぞ!!」

 

 R・ハルバードの絶望的な叫び。

 

 怪人の両肩の砲門で、周囲の雨水が異常な密度で圧縮され、渦を巻いていた。今にもはち切れんばかりの超高圧の水球。それを刀1本で防ぐことなど、物理的に不可能だ。

 

 当たる。逃げる時間はない。

 

 2人のヒーローが死を覚悟し、思わず目を閉じたその瞬間だった。

 

 ――メキメキメキッ!!

 

 アスファルトが爆発するように砕け散り、2人の目の前に「鋼鉄の壁」がそびえ立った。

 

 否、壁ではない。地中から信じられない速度で芽吹いた、鋼のような強度を持つ『極太の蔦』の束だ。

 

 ズドォォォォンッ!!

 

 怪人の放った超高圧の砲弾が蔦の壁に激突し、凄まじい水しぶきを上げて四散する。分厚い蔦は軋みこそしたものの、2人のヒーローには水滴1つ届かせなかった。

 

「な、なんだこれは……?」

 

 呆然と目を開けた2人の耳に、雨音を切り裂くような、ひどく場違いで優雅な足音が響いた。

 

「――ギリギリ間に合いましたね。お怪我は?」

 

 鋼の蔦の壁の上。

 

 そこに立っていたのは、月明かりを反射して煌めく白銀の外骨格《エクソスケルトン》だった。

 

 カーボンナノチューブのフレームが華奢な四肢を覆い、肩や腰にはフリルを模した多層アーマー。頭部にはティアラのようなセンサーユニットが輝き、胸元には最新鋭のアンプリフィカートゥス・コピュラが装填されたトランサーが埋め込まれている。

 

 右手には自身の身長ほどもある巨大な白銀の突撃槍。

 

 それは、最先端の科学兵器でありながら、中世の姫騎士を思わせる過剰な装飾に包まれた、圧倒的にカオスで美しい姿だった。

 

「よっと」

 

 白銀の姫騎士――笹藤麗華は、数十メートルの高さからふわりと飛び降り、2人のヒーローの前に音もなく着地した。

 

「あなたは……?」

 

「黒土製薬・社長直轄特殊遊撃部隊。通称『特撮班』所属、笹藤麗華と申します。たまたま近くでパトロールをしておりましたの。援護します――構いませんね?」

 

 優雅に一礼する彼女の姿に、桜花乱舞とR・ハルバードは顔を見合わせた。

 

 黒土製薬。最近、H.A.Dの存在を公表して世間を騒がせている渦中の企業だ。その専属部隊が、なぜこんな場所に?

 

「助かった、礼を言う……しかし、あの化け物はただの魔物じゃない! 怪人だ。打撃も斬撃も通じないぞ!」

 

 R・ハルバードの警告に、しかし麗華はティアラ型のセンサーユニットを指で軽く弾き、余裕の笑みを浮かべた。

 

「ええ、確認済みです。」

 

 その言葉に込められていたのは、恐怖ではなく、冷徹な分析と微かな哀れみだった。

 

「ですが、ご心配には及びませんわ。斬れないのなら、内側から『吸い尽くして』しまえばいいだけのこと」

 

 麗華が白銀の突撃槍を、足元のアスファルトにドンッ! と突き立てた。

 

 胸元のトランサーから、淡い緑色の魔力光が爆発的に溢れ出す。『朽ちた樹海の生霊』の力が、徳光電産の莫大な資本で組み上げられた外骨格の出力を限界まで引き上げる。

 

「さあ、お食事の時間です、よ!」

 

 麗華の宣告と同時、怪人の足元から無数の鋼鉄の蔦が蛇のように飛び出した。

 

 それは刃のように怪人を切り裂くのではなく、ブヨブヨとした半透明の肉体に容赦なく突き刺さり、その根を深く、深く張り巡らせていく。

 

「ギ、ギィィィッ!?」

 

 怪人が不快な電子音を上げて暴れるが、蔦は絡みつくほどに強度を増していく。そして、蔦が怪人の体内に蓄積された異常な魔力と水分を、文字通り「養分」として凄まじい速度で吸収し始めたのだ。

 

 水風船のように膨れ上がっていた怪人の巨体が、みるみるうちに萎み、干からびていく。

 

 力任せの破壊ではない。自然の摂理を利用した、極めて静かで残酷な制圧劇。

 

「な、なんだあの力……」

 

「これが、黒土製薬の……特撮班……」

 

 2人の一般ヒーローは、ただ呆然と、雨の中で優雅に微笑む白銀の姫騎士を見つめることしかできなかった。

 

 ゆえに、彼らは気が付かない――笹藤麗華は現在休職処分中のヒーローであることに。

 

 ゆえに、彼らは気が付かない――これが、一般人による未許可のヒーロー活動ということになることを。

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