特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第176話:何かを……

「――あまり、このような行動はとられない方がいいかと……」

 

 そう言って、こちらをバックミラー越しに見つめる運転手に麗華は不満げに眉をゆがめる。

 

「あら、ヒーローたるもの、緊急時には他のヒーローの補助に入るのは認められているはずでしょう?」

 

「ええ、緊急時に、()()()()()()()()()()()()、です。お分かりでしょう?」

 

 少なくとも、彼女のそれはそれには当たらない、何せ――

 

「無線回線に侵入して、危険なヒーローを探し出すのは『偶発的』とは言いません。」

 

「……」

 

 麗華は言い返せず、静かに視線を窓の外へ逃がした。

 

 雨に濡れた夜のネオンが、高級車の防音ガラスの向こうで滑るように後ろへ流れていく。

 

 雨傘の言うことは正論だった。徳光電産が保有する独自の暗号解読システムを悪用し、警察とヒーロー管理委員会の専用周波数を傍受。そこからH.A.Dの副作用で変異したとおぼしき怪人の出現座標を割り出し、最短ルートで現場へ急行したのだ。

 

 それを「たまたま通りかかった」と強弁するのは、いくら大企業の令嬢という肩書きがあっても無理がある。

 

「ですが、雨傘。結果として被害は最小限に抑えられました。あのまま放置していれば、あのお2人のヒーローは確実に命を落とし、周辺の区画も水没していたはずです」

 

「結果論です、お嬢様。」

 

 雨傘の声は穏やかだが、長年ヒーローとして修羅場を潜り抜けてきた者特有の重みがあった。

 

「このまま、このような行為を続ければ、誰かしら筋の悪いヒーローから黒土製薬にクレームが入る可能性は十分にあります。お控えください。」

 

「……わかっています、あの方々に迷惑をかけるのは本意ではありません。」

 

 それは、本心だった。

 

 裏切った自分を許し――というか、むしろ謝罪され――この新型兵装を所持したままにしてくれているあの人たちに、自分は返しきれない恩がある、この件が終わり次第、自分の持ちえる資産全てを黒土製薬に移譲する手続きは済ませてある。

 

 だが……

 

「私の装備でなければ、先ほどのような怪人は倒せません、せめてそれぐらいは――」

 

「ご自身の命を天秤にかけるような真似は、二度としないでいただきたい。あの白銀の外骨格《エクソスケルトン》は確かに最新鋭ですが、中に入っているあなたは訓練を受けた超人ではない、ただの女子高生なのですから。もし、あの怪人が想定以上の出力を発揮していれば、装甲ごと圧殺されていた可能性もあります。」

 

「……承知しています。」

 

「そのセリフも、もう8度目ですね。」

 

 そして、あの助け方をしているのはもう10度目だ。

 

「……なら、私を家においておけばいいでしょう。」

 

「それはなりません――あなたが家で、お姉さまをお守りしたい気持ちはわかります、ですが、勇者側がいつ、標的をあなたに向けるか、誰にもわからないのです。」

 

 だから、彼らは夜の闇に紛れて逃げている。

 

 車がどれほど役に立つのか――そう思う人間もいるだろうが、この車は特別だ。

 

 徳光のラボにまるで陽炎のように現れた男――天塚が、3日3晩徹夜で仕掛けたこの車の車体全体には、特殊な金属と、妖霊の力を遮断するあの液体が充填されている。

 

 妖霊の力を完全に抑えるに至らぬあの装置も、普通の勇者の探知が相手ならば、十二分の効果を発揮する――御影との実験で最低限の効果は実証済みだ。

 

 この車の中――そして、最近改造された姉の部屋だけが、現行、勇者の力をある程度防げる唯一の科学的装置ということになる。

 

 徳光との共同開発の素材として、政府関係者筋の間だけに通達されたこの装置は、すでに政府関係者の、それも有力な人間たちの間では予約が殺到している。姉と自分に対して行われている『テスト』の名目のこの作業が終わり次第、国のお偉い機関に秘密裏に施工され、勇者たちから距離を取るために使われる予定だ。

 

 妖霊の身柄を確保して、手に入れたこの技術で、魔力の存在を『感知できぬが防げる』ようになったおかげで、またしても黒土製薬は政府内での評価を上げ、中には黒土製薬の成果をすべて国で接収すべきという意見まで出ていると、父が語ったのを、麗華はつい先日聞いた。

 

「わかっています、ここが安全であるということは。」

 

 そう、わかってはいるのだ。

 

 わかっているが――それでも。

 

「私が、あの家にいても問題がないということでしょう、お姉さまの部屋は、私達2人とお姉さまがいても全く苦にならない大きさでしょう?」

 

 だから余計に、自分が姉と引き剥がされることに納得がいかない。

 

 そんな彼女の不満を、運転手――いや、雨傘には痛いほどわかる。

 

 娘が病気になった時、自分も同じことを考えたからだ。

 

 自分が、自分に、自分なら。

 

「『何かができるはずだ』そう思われる気持ちはよくわかります。」

 

 自分はただの人間ではない、勇者の劣化品とはいえ、いみじくもヒーローのはしくれだ、何かできる、できなければおかしい、できてしかるべきだ。

 

 そう考える気持ちはよくわかる――まして、今回は病や不運ではない、物質である勇者なのだ。

 

 強化されたヒーローである自分に、何もできないはずがない、戦わねばならない!

 

 だから、彼女は怪人や魔物を狩っている。

 

 自分の強さを再確認するために。

 

 並のヒーローにはできないことを行うことで、彼女はある種の――万能感を得ようとしている、同じ、万能の存在と戦える自信を得るために。

 

 そう感じる気持ちは痛いほどわかる、わかるから。

 

「ゆえに、あのお部屋にはおいていけません。」

 

「なぜ!」

 

「あなたは、勇者と戦ってしまう。」

 

 そうなれば、結果は火を見るよりも明らかだ。

 

「……!!」

 

 視線を逸らす――わかっている、あの3人でも、ヒーローとしては、勇者には勝てなかった。

 

 自分には無理だ、1人ではとても――それでも……

 

「……何とかしなければ……!」

 

 おかしくなってしまう。

 

 そう言った彼女は、自分の頬に涙が伝っていることに、気が付いていなかった。

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