特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第182話:従兄の話

「――待ってください。」

 

 歩き去った桜花乱舞を追わんと扉を出た扇とゆかりに、背後から声がかかる。

 

 聞き覚えのある声――つい先ほどまで、勇者に食って掛かっていたそれは、間違いなく……

 

「――なんですか、赤坂さん。」

 

 ――赤坂猛。

 

 ゆかりの従兄にして、御影たち暴走の――遠因と言ったら、いささか責任を転嫁し過ぎだろうか?

 

「少し、お時間よろしいでしょうか。」

 

 そう尋ねる彼の声は、どこか重々しい、何やら重要なことを語るつもりなのは間違いないが――

 

『今は……』

 

 まずい。

 

 桜花乱舞の精神状態は明らかに危うい。あのまま放置すれば、何をしでかすかわかったものではない。

 

 何とかして止めに――

 

「――いいですよ、先輩、行きましょう、どのみち、たいした話じゃないでしょうし。」

 

 ――そんな、不快さを隠さない声が、耳朶をたたいた。

 

 ゆかりだ。

 

 明らかに不快そうな表情で、赤坂を見るその目は、どこか恨みがましい色を湛えている。

 

 よくない傾向だ、このままでは、彼女は自分のせいで家族と別れることになってしまう――ただでさえ、他人に迷惑をかけ通しの人生だ、これ以上は避けたい。

 

「……天塚。」

 

『監視はしてますよ、うちのドローンは優秀ですから――優秀過ぎて、僕とゆかりさんしか使えませんけど。』

 

「……ゆかり、先に車で待っててくれ、天塚が桜花乱舞を監視しながら例のあいつのことを探ってる、そっちの手伝いを。」

 

「……先輩。」

 

「大丈夫だよ、話すだけだ。」

 

 扇が穏やかに促すと、ゆかりは不満げに唇を尖らせながらも、「……何かあったら、すぐにインカムで呼んでくださいね」と念を押し、足早に廊下の奥へと消えていった。

 

 彼女の足音が完全に聞こえなくなったのを確認してから、扇は赤坂へと向き直る。

 

 先程までの騒動の熱がまだ残る廊下。人気はないが、空気はどこか重く淀んでいた。

 

「さて。きちんと面識もなかったはずですが、お話とは、どういったご用件で?」

 

 正対する。

 

 相手が実直に来たのならば、こちらも相応に返すべきだろう――そもそも、今回の訪問も、初期の話で行けば、この男に会いに来たのだ、用件を済ませるというのなら、そうすべきだろう。

 

 対する赤坂は、明らかに緊張の色を浮かべていた。ゆかりの従兄であり、小松の上司でもある彼は、目の前の男に複雑な感情を抱いている。

 

 彼の実家――白雲の親類が、扇を蛇蝎のごとく嫌っているのは周知の事実だ。だが先ほど、扇が玻璃山の妄言から自分を庇ってくれたこともまた事実。そのアンビバレントな感情が、彼の言葉を重くさせているのだろう。

 

「……扇さん。先ほどのあなたの対応、そして小松君の件についての推論。感謝します。もし、ああして庇ってもらえなければ、今頃自分がどうなっていたかわかりません。」

 

「仕事ですから。」

 

「――ですが、だからこそ、はっきりとわかりました、率直に、言わせてもらいます。」

 

 赤坂は深く息を吸い込み、決死の覚悟を決めたように扇の目を真っ直ぐに見据えた。

 

「ゆかりから、手を引いていただきたい」

 

 その一言は、扇にとってある程度予想できたものであり、同時に最も面倒で、耳の痛い言葉だった。

 

「……それは、赤坂さん個人のご意見ですか? それとも、ゆかりさんのご両親からのご意向で?」

 

「両方です――わかっているでしょう?」

 

 赤坂は毅然と答えた。

 

「ゆかりは、昔から少し思い込みの激しいところがありました。あの日……彼女がまだ幼かった頃、魔物に襲われた彼女を助けてくれたのがあなただったことは聞いています。彼女があなたに恩義を感じ、特別な感情を抱くのも理解はできる、彼女の義理堅さの表れと言ってもいいでしょう。」

 

「ですが?」

 

「あなたは危険すぎる。」

 

 赤坂の言葉には、確かな身内への愛情と、扇という存在への絶対的な不信が混ざり合っていた。

 

「わかっているでしょう――あなたは!勇者に喧嘩を売ったんです!あの勇者に!」

 

 扇は否定しなかった。

 

 桜花乱舞を含み、この世の中で怪人と勇者、どちらが人を殺しているかと聞かれれば、断言してもいい――勇者だ。

 

 それは何もこれまでの積み重ねの話ではない。

 

 1564人。

 

 第2世代の勇者が帰還して1年で殺した『平均的な』人間の数だ。

 

 そう、平均である――つまり、この数に勇者の人数が加わる。

 

 帰ってきた勇者は当時『96』人いた――即ち150,144人の命が奪われた計算になる。

 

 単純な概算だ、本当はもっと少ないかもしれない――あるいは、隠されているせいでもっと少ないのかもしれないが。

 

 あの頃、まだまともに超能力も使えぬ中、必死に勇者の被害を止めんとした日々を思い出す――今でも、たまに夢に見るくらいだ。

 

 そんな相手に、彼は確かに喧嘩を売ったのだ――超人たることを知らぬ人間には、およそ尋常のことと思えないのは無理からぬことだった。

 

「彼女はまだ若い。優秀な頭脳を持っていますが、その才能はもっと真っ当な社会のために使われるべきだ。あなたのその……危うい正義の味方ごっこに、彼女を巻き込まないでいただきたい。」

 

 扇は自嘲するように小さく笑った。

 

 ぐうの音も出ない正論だ。20年間、来る日も来る日も断食と瞑想を繰り返し、人間を辞めるための修業に身を投じてきた男。世間一般の尺度で測れば、自分は間違いなく「狂人」であり「社会不適合者」だ。

 

 そんな男の隣が、うら若き優秀な女性にとって相応しい場所であるはずがない。

 

「あなたの隣は、彼女にとって夢かもしれないが――あなたのような危険な人物に、あの子は預けられない――よく考えてください、あの子は僕たちの家に帰って、普通の人生を送るべきだ。」

 

 そう言って、歩き去る赤坂に、扇は何も言えない。

 

「……痛いとこ突くよな……」

 

 そう言って、自嘲気味に笑うのが精いっぱいだった。

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