特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第186話:俺らがさせない

「天塚にも似たようなこと言ったってな。」

 

「よう覚えとるね、ずいぶん前やで?……まあ、言うたね。」

 

 あの日、天塚に告げたこと、『もしも、うちが……気狂いで、人のことなんて何とも思わんような女なら、人となんてかかわらん方がええんやろか。』あの一言が、今、ありありと思い出される。

 

「あの時、天塚さんは言うてくれたんよ。『僕らが止める』って。正義の味方やから、うちが人の心をなくして暴走したら、その時は止めてくれるって。」

 

 灯は電灯の光に目を細めながら、遠い過去の約束を反芻するように呟いた。

 

 その言葉は確かに彼女を救った。自分の内側で得体の知れない「勇者の加護」という一種の……熱病が侵食していく恐怖を、天才科学者の涼しげな言葉が一時的にせよ鎮めてくれたのだから。

 

 だが、今の灯の声には、あの時の安堵とは違う、どこか乾いた響きが混じっていた。

 

「せやけどな、七星のおっちゃん。」

 

 灯は歩みを止め、隣を歩いていた銀灰のスウェット姿の男を見上げた。

 

「『止める』って、どういうことなんやろな。」

 

 七星は立ち止まり、ポケットに突っ込んでいた両手をそのままに、静かに彼女を見返す。

 

「暴れたら殴って気絶させる、ってことか? それとも、あのカニの怪人みたいに、能力ごと封じ込めて『普通の人間』に戻すってことか? ……もし、うちや御影が完全に『あっち側』に行ってしもうて、もう二度と元に戻らんくらい心が狂ってしもうたら……その時は、殺すんか?」

 

 重い問いだった。

 

 夜の静寂が、彼女の言葉を冷たく際立たせる。御影もまた、姉の言葉にハッとしたように顔を上げ、七星の答えを待つように視線を向けた。

 

 勇者は強大だ。

 

 だが、その力の源である「加護」は、彼らの精神構造を徐々に、しかし確実に歪めていく。家族への異常な執着、他者への無関心、肥大化する自己顕示欲。

 

 今はまだ、踏みとどまっている。だが、もし明日、自分たちが設楽天京やあの怪人たちのように、理性を完全に失った「災害」と化してしまったら?

 

「天塚さんが『止める』って言うた時、うちは安心した。でも、最近考えるんよ。あんたたち『正義の味方』は、どこまでうちらの面倒を見る覚悟なんやろって。暴走した勇者を『被害者』として生かすんか、それとも『加害者』として処理するんか。」

 

 灯の真っ直ぐな瞳が、七星の奥底を探るように揺れている。

 

 それは、ただの不安から来る問いではない。自分が、そして妹が、いつか彼らの敵に回るかもしれないという絶望的な未来に対する、一種の「死生観」の確認だった。

 

 七星は、フッと息を吐いた。

 

 呆れたような、それでいてどこか困ったような、大人のため息だった。

 

「――助けると救うの違いってなんだと思う?」

 

「……あれやろ、ほら、えーっと……?」

 

 突然の問いかけ、そこに、彼女は首をひねる――何を、聞かれているのだろう?

 

「わかんないだろ、言葉は2つあるのに、なぜか大抵の人間はその2つの違いが分からない――俺らもだ、辞書を引けば、なんとなくはわかった気がするけど、やっぱり、根本的なところはわからない。」

 

 あの天才である天塚さえ、それが何かはわからない、わからないけど。

 

「――それでも、なんとなくわかっていることがある、助けるっていうのは『その時に』何かをしてやることで、救うっていうのはたぶん『何もかもどうにかしてやること』だ。」

 

 彼らはいつだって救いになってやりたい。

 

 特撮の向こう側で戦う者たちのように、あるいは、それに触発されて、人を救うあまたの人のように。

 

 で、それすべてはできないから。

 

「だからせめて、できることはやることにしてる。」

 

 まっすぐ、眼を見つめる。

 

 不安に揺れるその目は、やはり勇者というにはいささか真人間で――けれど、まっとうな人間というには、いささかタガが外れすぎていた。

 

 この立場に彼女たちを導いたのは自分たちだ、彼女たちへの救いになると信じてやったが、それは、今、苦しんでいるものへの救いにはならない。

 

 いずれ雨が止むことは、いま、降り注いでいる雨を耐えられる理由にはならない。

 

 だから。

 

「――お前が、お前たちが、変わることを怖がるのはわかってる、変わってしまったものを惜しむのも、惜しんだ変わってしまったものを取り返したいのもわかる。」

 

 変化が、いつだっていいものとは限らない――昔、扇雄介は、寝るたびに悪夢を見ることなどなかった、自分たちを巻き込んだことを苦しみにすることもだ。

 

 だからこそ、なくした側として、あるいは、それを悲しんだものとして、自分たちなりに、これ以上誰もそれをなくさなくて済むようにしたい。

 

 天塚新が『自分がこの世の誰よりも利口であるのなら、その天才たる自分が守護者になろう』と決めたように。

 

 扇雄介が、『かつて夢見たすべてのあこがれのために。その精神を英雄にふさわしいもの』にしようと思い立ったように。

 

 あの日『光り輝けなかった自分が、今度は光れるようになりたくて』この道を歩むと決めた男は、今だって、あの日、小さなテレビに光の巨人を夢見た日と同じ男だから。

 

「――お前たちはそうはならないよ、俺たちがさせない。」

 

 それが、自分たちの務めだ。

 

「あいつがそれを言わなかったのは、そうならないからだ。お前らは被害者にも加害者にもならない。これ以上、お前たちが勇者の加護で変わったりはしない。」

 

 ここが底だ――扇の占いでも、天塚の予測でもそれは間違いない。

 

 後は上がるだけだ――そうすると、彼らが決めた。

 

「信じてくれとは言わないし、怖いなら怖いでいい、ただ――」

 

 それを理由に、どこかに消えたり、人と距離を取ったりしないでくれ。

 

 そう言われて、灯は、ひっそりと膝を抱えて――しかし、確かに返事をした。

 

 土曜の、彼女たちの家での一幕だった。

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