「やっぱりへこんでた?」
「へこんでるっていうか……まあ、自分のことは見失ってるよな。」
「そうなりますよねぇ、なんでこいつは常にポエムで会話を……?」
日曜の朝、いつもの時間だ。
画面の中で、夢を現実にする怪人を殴りつけるエージェントの活躍を見ながら、七星は肩をすくめる。
「まあ、正直、最近の流れはあの2人にも負荷だろうし、こうなるのもやむなしよなぁ。」
七星の言葉には、力を持て余し、自らのアイデンティティに揺らぐ少女たちへの深い理解と、大人の庇護者としての落ち着きが滲んでいた。
だが、その余裕ある態度とは対照的に、部屋の隅からくぐもった声が漏れる。
「……すいません、私達に話してくれればいいんですけど、あの子たち、そういう話は私たちにしないので……」
扇の膝の上にコテンと丸まり、半ば夢現の視線でテレビの光をぼんやりと追っている白雲ゆかりだった。
扇雄介は、自身にしがみつく後輩の頭を一定のリズムで優しく撫でながら、静かに片眉を上げた。
「仕方ない事ですわ、男じゃなくったって意地はあるもんだしねぇ。」
扇の言葉は、まるで手のかかる娘を案じる父親のようにフラットで温かい。
「それに、近しい人間ほど心配かけたくないってのはあるだろ。特に、君らみたいな『守るべき家族』にはな」
七星がテレビ画面から視線を外し、残ったコーヒーを軽く揺らしながら言葉を継ぐ。
「だからこそ、親戚のおじさん……もとい、少し離れた位置にいる俺らみたいな『正義の味方』の出番ってわけですよ。昨日のアレで、少しはガス抜きできてればいいけどなぁ」
そんな彼の懸念を他所に、天塚新が手元のタブレットから視線を上げずに淡々と告げる。
「まあ、そこは大丈夫でしょう、さっきディスコード来ましたし。」
天塚の眼鏡の奥で、無数の文字列が反射している。彼の言葉には、データという絶対的な裏付けに基づく冷徹な確信があった。
「あら、若いもの使って……」
扇が撫でる手を止めずに、ふっと息を漏らすように笑う。
「まだ、おじさんと呼ばれるのに抵抗のある年ですからね僕ら。」
天塚がどこかむっとしたように眼鏡のブリッジを押し上げた。その神経質な動作が、彼の若さに対する妙な執着を物語っている――まだ、まだ、20代なのだ……まあ、最近、脂っこい物より野菜の方が好きになってきつつあるが。
「あと一歩じゃけどねぇ。」
扇の容赦ないツッコミに、ラボの中に小さな笑いが満ちた。
テレビの中のヒーローが派手な決め台詞を放つ音を背景に、彼らの日常は、来るべき過酷な戦いの前触れを感じさせないほど、どこまでも平和で温かな空気を漂わせていた。
「桜花乱舞、どうなった?」
「今のところは何も……とはいえ、鬱屈はしてるようですけどね。」
「だろうなぁ……暴走する前にケリ付けてぇけど。」
「まあ、そこはうまくやるしかないよなぁ……」
苦笑する――まったく面倒な状態だ。
薬の売人も探さねばならないし、麗華の姉を狙う謎の勇者の対処も必要だ、勇者狩りはともかく、秩序委員会の中には麗華の姉を犠牲にしてでもあの勇者を始末すべきと主張する連中もいると、風のうわさで聞いている。
「学校の方どうなってんだっけ。」
「小康状態ですね、売人らしき生徒がいないもんで、現在教員に捜索範囲を伸ばしてます。」
「で、敵の勇者の攻撃方法も不明と。」
「そこなんですよねぇ、魔法的な干渉だという割には勇者にもつかめない謎の力……どうやってるのやら……」
そこがわからない。
現在、妖霊に使用している牢獄の素材を使った特殊な部屋に彼女をとどめ、勇者からの干渉を阻んでいるが――幸いにも、その手は効果があったらしい。
贈り物はなく、麗華曰く「監視されているような不快感が消えている」と、彼女の姉が報告してきている。
それはいい、それはいいのだが……いまだに、どうやって彼女を攻撃しているのかがわからない。
現在、秩序委員会並びに勇者狩り、そして、天塚と御影による四重の監視網が敷かれる中、それをあざ笑うかのように、敵はその尻尾をつかませない。
牢獄に入ってからも、極かすかな干渉は続いており、枕元に1輪の花が置かれていたり、あるいは、気が付かぬうちに窓に絵が描かれていたりする状況は変わらないのだ。
ましにはなったが、解決はしていない。
「何か、方法がある、それは間違いないんですが――相手が勇者だと、機械関係の優位性が崩れるのが困りものですよねぇ。」
「新装備は?」
「魔力探知機ですか?試作段階の上、部屋1個分の大きさと重さの装置ですよ、使えませんって。まだ、きちんと動作するかもわかりませんし。」
「うーむ……僕か扇が張るか?」
「それだと、御影さんたち放置プレーですよ。雄介は基本的にどっちからも狙われてますし。」
「……うむむ……」
困ったように眉を顰める――そんな時だ、まじまじと画面を見ていた扇がふと思いついたように口を開いたのは。
「……勇者ってさ。」
「はい?」
「アイテムボックスとかって使えたよな、なんか、虚空から物取り出す奴。」
「使えますね。」
「あれって、取り出せる距離に制限とかあんのかね。」
「……あー……ちょっと待ってくださいね、えー……なくはないですけど、移動距離に比例して魔力を使うとかじゃなかったでしたっけ。」
「……ふむ……ってことは、至近だとほとんど魔力は使わんわけだ。」
「そうですけど……どうやって近寄るんです?」
「……いや、今気が付いたんだけどさ。」
――精神とか夢の中って、監視してなくねぇ?――
その一言が、天塚の脳に天啓を与えた。