特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第189話:襲撃

「――姉を、ですか?」

 

『そうです、雨傘さんの車なら、勇者側も干渉がしにくい。』

 

 冷静に語る天塚の言葉に、麗華は不快そうに眉をしかめた。

 現在、姉の春華は徳光電産の迎賓館にある、天塚の手で魔力遮断加工が施された「特別室」にいる。勇者による直接的な念話や不快な贈り物の転送は、あの部屋の機能によって防がれているはずだった。

 

「……意味が分かりませんね。あの部屋の防護機能は、天塚様ご自身が『現状で最高のもの』だとおっしゃったではありませんか。それをわざわざ外へ連れ出すなど、自殺行為ですわよ」

 

『物理的な干渉と、低周波の電気的な遮断についてはそうです。ですが、お姉さんの「意識」そのものにマーキングされている場合は話が変わる。お忘れですか?お姉さんは以前、あの勇者からの贈り物を直接手に取ってしまっている。その際、魂の波長の一部を「共有」させられている可能性があるんです』

 

 インカム越しに聞こえる天塚の声は、冷徹な診察結果を告げる医師のようだった。

 

『あの部屋の機械で防げているのは、外から内への物理的な「転送」です。ですが、すでに内側に入り込まれた「パス」を通じた干渉――つまり、夢への侵入までは遮断しきれない。現にお姉さんは、あの安全な部屋の中でさえ、毎晩見えない男に追い回される悪夢を見続けているでしょう?』

 

「それは……」

 

 麗華は言葉を失った。確かに、姉の憔悴は物理的な安全とは無関係に進行している。昨日も、何もいないはずの空間に向かって「来ないで」と怯える姉の姿を、彼女は見ていた。

 

『これ以上、ただ守っているだけではジリ貧です。お姉さんの精神が焼き切れるのが先か、あの部屋の装置の寿命が来るのが先か……という勝負になる。だから、こちらから打って出るんです。お姉さんを黒土製薬の本社へ「移送」します。物理的な肉体を運ぶと同時に、その精神を扇のψ意識場に直結させるためにね』

 

「扇様の、超能力……」

 

『ですです。扇の能力は、対象の精神の深層、無意識の階層まで浸透できる。お姉さんが眠りにつき、あの勇者が夢に侵入してきたその瞬間――そのパスを逆利用して、扇の精神を相手の「居場所」まで逆流させる。夢の世界から、現実の潜伏先までを1本の線で繋ぐんです。それができれば、逃げ場はありませんよ』

 

 理にかなっている。麗華の脳内は、その作戦のリスクとリターンを瞬時に計算した。他人の夢を中継点にして敵の本体を割り出す。特撮班のリーダーであるあの男にしかできない、そしてこの現状を打破できる唯一の手段。

 

「……分かりましたわ。雨傘、準備を」

 

 麗華が背後に控える男に命じる。雨傘は静かに頭を下げ、手にしたタブレットで車両の起動シーケンスを開始した。

 

「天塚様。姉様を本社までお連れします。……道中の安全は、保障していただけるのでしょうね?」

 

『もちろん。あちらの「東西の騒ぎ」はすでに七星君が片付けました。今は鏡面次元の余波で、周囲の空間も不安定になっている。動くなら今です』

 

 通信が途絶えると同時、麗華は姉のいる特別室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 30分後。夜の闇に沈む首都高速を、漆黒のセダンが滑るように走っていた。

 

 後部座席で渋い顔の麗華はぽつりとこぼす。

 

「……襲って、来るでしょうか。」

 

「可能性はあります。あの部屋と同じ手法で防護されているとはいえ、相手は勇者ですからね。」

 

 雨傘の答えは慎重だった。

 

 緊張。

 

 時間帯を昼にしたのは『夢』による追跡を避けるためだが――そもそも、夢に干渉しているという話もどこまで本当かわからない。

 

 何を介してくるのか、いまだ明確な答えは出ていないのだ。

 

 だが、事態は音もなく、そして「物理的」な故障という形で忍び寄ってきた。

 

 チリッ……。

 

 静粛性が自慢の高級セダンの車内に、微かな、けれど耳障りな金属音が混じる。

 

 雨傘が即座にバックミラーを確認し、計器類に目を走らせるが、警告灯は1つも点灯していない。だが、熟練の運転手である彼の指先が、ステアリングに伝わる不自然な「震え」を感知していた。

 

 ボンネットの奥から、ガリガリと硬いものを噛み砕くような、生々しい破壊音が響いた。

 

 勇者の権能『アイテムボックス』。

 

 それによって物が取り出されるとき、基本的には物体は勇者の手元に現れる。

 

 武器の取り出し、装備の取り出し、アイテムの回収。

 

 そういった行為を行うための力だが――実のところ、物体を取り出すのは手元でなくとも構わないし、『物をしまうのもまた、触れている必要はない』

 

 アイテムボックスの性質上『生物は入れられない』が、同時に――それ以外なら、なんだってしまいこめるのだ。

 

 ゆえに、『エンジンだけ』を遠隔で回収することも、可能なのだ。

 

 当然、車は止まる――高速道路のど真ん中で、だ。

 

「―――――雨傘!」

 

「掴まれ!」

 

 叫び、ハンドルを切る。

 

 急制動。

 

 エンジンが消え去ろうが、車は急には止まらない。

 

 壁にぶつけてでも止める気の動きは、幸いにもなくなっていなかったブレーキのおかげで、功を奏した。

 

「――これが……」

 

 勇者の攻撃。

 

 麗華は、生まれて初めての敵意に体を震わせた。

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