電波塔の頂点、天を突くようにそそり立つその塔の踏面《ふみづら》すらないその先に、1人の人間が立っていた。
彼は目を細め、マントが風になびいている。その立ち振舞いは絵物語の騎士のごとく、どこか気品を感じさせるものだ。
「ふむ……流石は勇者の原産地か、蛆のように涌いてくるな。浮き駒ではこんなものか……岩石兵がああもあっさりと始末されるのは想定外だが……」
裏を返せば、その程度の話。
「ひーろー……だったか、あれはあまりにも脆弱だな。やはり警戒するのは勇者だけか」
彼は先日の戦場をずっと観察していた。魔物たちと戦うヒーローを。
男はヒーローに物足りなさを感じていた。何人か手練れはいるが、全体的に力不足。そう判断した。
「まあ、所詮は勇者から落ち延びた浮き駒を殺す程度の仕事しかできぬ存在、国の兵士とそう変わりない程度の技量と考えるのが妥当。参謀の戦力評価通りだ。」
黒い鎧、風になびくマントが特徴的な人物。しかし、彼は人間ではない。
血のように赤い肌、チアノーゼでも起こしているかのような紫の唇、人の瞳にはあり得ぬベージュの瞳、額から伸びる角。
2本の脚と2本の腕、そして頭を持ったその生き物は、しかし、明らかに人ではない別の生物。
「……しかしまあ、ここが勇者の故郷か。なるほど、確かに我々よりも文明だけは発達している。帰りたがる理由も分かろうというものだ。」
先だって『調査』した人間より奪い去った謎の食物――アイスとか言っていた固いのを――かじりつつ思う。
悪くない文明だ。これなら献上するに値するだろう。
魔王様に命ぜられ、この場所に派遣された時は下らぬ仕事と侮っていたが……悪くない。
『ここを我が領地としていただけるというし……これは魔王様の期待の表れととってもよかろう。』
爬虫類のような細い瞳孔が街を見回す。
魔物でありながら、オークのような亜人より知性を発達させ、人類に近い存在。
――魔人。
魔王の僕、偉大なる魔物の頂点、新たなる魔性の姿。
その魔人の牙が、今まさに地球に襲い掛かろうとしていた。
「そうなの! でね、サインもらっちゃって――。」
黒土さんからもらったサインを額に入れつつ、母に自慢をする――もっとも、母は聞き流しているだけだが。
『こういうの羨ましがるのはお父さんか。早く帰ってこないかなぁ。』
研究職で、あまり家に帰ってこない父も、メッセージでサインを見せたら「今日は帰る」と明言していた。まったく現金な男だ。
プレミアムフライデーとかで早く帰ってこられると言っていたし、帰ってきたら散々自慢してやろうと思っていた。
ちょっと特殊なことが起きた金曜日、それだけの日だったのだ。
バンッ! と勢いよく押し開かれるような音がして、玄関が開いた。
普段なら絶対にならない音に、驚いて母が油から離れる――その時だった。
「家から出るな!窓を全部閉めろ!鍵も、カーテンもだ!」
父の絶脳が聞こえる。普段は絶対に出さない声。
「お、お父さん……?」
「急げ――魔物が来る!」
そう叫んだお父さんの言葉通り、空から紫色の光が溢れるのはほとんど同時だった。
空に浮かぶ紫色の光。その奥底から異形の者が次々と飛び出そうとしている。
「この前と同じ布陣か、ってなると――」
「おんなじ奴が連れてきたな……魔人か?」
『不明です。準備は?』
「最低限は。魔人なら対処できる――と思いますよ。戦ったことないので分かりませんが。」
そう言って、天塚は乗りつけた車の助手席を一瞥して、そのまま降りる――できるだけ移動に魔力を使いたくはないヒーローの涙ぐましい策だ。
「また読み抜けた……。」
不満げに顔をしかめた扇がこぼす……まったく不安定な力だ。
しかし、不満を引きずることはない。状況は悪くなる一方だ。
「避難は?」
『「間に合ってません、むしろ遅すぎたせいで逃げられなくなった住人が家に取り残されてます」
「……まあ、そうなるよな。」
普通、化け物が目の前にいて行動できる人間は少ない。いつぞや助けたカップルはかなり稀有な例だ。あのまま幸せになってくれるといいが。
「――ま、今回はうちらもおるし、何とかなるやろ」
そう言って、車から降りるのは――2人の少女だ。
「うちとしては、なんで『門』が生まれる前にうちらが動けていたのかの方が気になんねんけど……?」
そう言って首をかしげる少女の疑問はもっともだ。
以前も語った通り、異世界への『穴』もしくは『門』は、基本的には開くまでこちらの次元の人間にはその位置を特定できない。
そのはずなのだが――なぜか今回、その前から、彼女たちはこの場所に向けて動き始めていた。
訝しげに顔をしかめる少女に、扇は「はっはっは」と笑ってごまかす。
「いろいろあるのさ。人生短く太く生きてるとね。」
そう言って、彼は天頂の魔法陣に目をやる。
まだデカ物は出てきていないが……じきに出張ってくるはずだ。
「じゃ、手筈通りに。」
そう言ってトランサーのスイッチに手をかける。
3人の声は変わらず朗々と夢を告げた。
「「「――変身!」」」