特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第191話:ちょっとした手品

 ――ふざけるな!

 

 激昂。

 

 己の絶対領域――何者にも不可侵であるはずの精神の王城に踏み込まれた恐怖を塗り潰すように、男の思念が爆発した。

 

 ここは現実ではない。自らの加護と魔力がすべてを支配する、彼自身の精神空間だ。

 

 物理的な限界などない。彼が想像した通りに世界は改変され、彼が望むままに現象が起きる。

 

 夢食の勇者が言った通りだ――精神に入り込める存在は()()()()()()()()()()()()()()()()万能の力を使うことができる。

 

 大理石の柱がひしゃげ、無数の鋭利な刃となって扇雄介に殺到する。

 

 さらに、玉座を取り囲んでいた黄金の装飾が溶解し、業火となって4方8方から青い超人を焼き尽くさんと渦を巻いた。

 

「消えろ! 消えろ消えろ! どこから迷い込んだか知らないが、精神だけの存在で僕に勝てるわけが――」

 

「――失礼、勘違いを1つ正しておこう。」

 

 炎の渦の中心。

 

 すべてを灰にするはずの猛火の中で、青い肌を持つ男は微動だにしていなかった。

 

 飛来する大理石の刃は扇の数メートル手前でピタリと静止し、パラパラと砂のように崩れ落ちていく。

 

 業火は扇の肌を焦がすどころか、彼から放たれる青白い波動――ψ意識場の圧力に押し負け、逆に凍りつくように鎮火していった。

 

()()()()()()()()()()()()。」

 

「――――!?」

 

 慄く。

 

「な……なんで、どうして……せ、世界を、世界を数万回壊せる力だぞ!妖霊だってそう言って……魔王だって、魔王だってこれで殺したんだ!」

 

 いまだかつて、この一撃が防がれたことはない。

 

 夢食とは異なる『他人をこの世界に巻き込む』ことによる完全な抹殺。

 

 自分からこの世界に入ってきたやつは初めてだったが、それでも同じことだ、同じことのはずだったのに!

 

「ほぉん?てっきり『夢食』と同じで逃げてきた口かと思ったが、きっちり魔王は倒したのか、その割にゃ、あの女より怖くないが……それにしても、肉体があるからこの次元における絶対権限を持てるってのは知らなかったよ――まさしく魔法の御業だな?お前のことがなかったら僕も気が付いてなかった。」

 

 肉体を持って入るから『形のない精神を操ることはできない』が、同時に『精神だけに比べて、この世界での頑健性を保ち、自在に精神の力を扱えるようになる』

 

 そして、そのエネルギーの量は、およそ尋常の物ではない――確かに、世界を作り変えるほどの力があってもおかしくはない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それはある意味においては、超能力の作動機序に等しい――もっとも、これを現実に波及させるには、勇者たちの精神波はあまりにも脆弱で、まともに塵一つ動かせないが。

 

「これで、勇者狩りやら秩序委員会の探知を逃れたんだろう?あの連中の探知術は『同じ次元に存在する対象しか探れない』からな。」

 

 だから、異世界のことはわからないし、探れもしない。

 

 それを利用して、この男はあの勇者たちから逃れた。

 

「もしも、お前の存在に気が付いて襲ってきても、殺すのは容易だ、お前や夢食みたいな特殊事例を除いて体ごと精神に潜行する方法はないからな。」

 

 なるほど、悪くない隠れ家だ――本人に同意を取ってさえいれば、褒めてやってもよかった。

 

「さて……力の差もわかってもらえたことだし、そろそろこの子の心から出てもらおうか。不法占拠は犯罪だ。」

 

「出る? ふざけるな! ここは僕の城だ! 僕の思い通りになる世界だぞ!」

 

 男の叫びは、もはや恐怖を誤魔化すための虚勢でしかなかった。

 

 黄金の装飾も、大理石の柱も、彼が己の全能感を満たすために作り上げた幻影は、夜空の青を湛えた超人の前では何の意味も成さない。

 

 それでも彼は、自らの特権を信じて疑わなかった。いや、信じるしかなかったのだ。

 

「彼女は僕のものだ! 勇者である僕が、わざわざ愛してやっているんだ! それを邪魔するお前こそが犯罪者だ!」

 

「……話が通じないな。まあ、大抵の勇者はそうだが」

 

 扇は心底呆れたように、多面体状の結晶の瞳を細めた。

 

 会話による解決は不可能。ならば、物理的――あるいは超能力的な手段で排除するまでだ。

 

 黄金の王城を模した精神空間の中で、夜空の青を湛えた『人の原質』――扇雄介が1歩を踏み出す。

 

 ただそれだけの動作で、大理石の床に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、空間そのものが軋み声を上げた。極限まで圧縮されたψ意識場の重圧が、目に見えない万力となって周囲の空気を泥のように重くしていく。

 

「動くな! わかってるのか! この精神に僕が干渉できなくとも、ここから現実へアイテムを取り出すことはできるんだぞ!」

 

 男の叫びは、もはやヒステリックな悲鳴に近かった。

 

 己の絶対の安全圏であるはずの精神空間。その深奥にまで肉体ごと踏み込んできたこの青い化け物に対し、彼の手持ちのカードは次々と潰されていた。

 

 宿主である笹藤春華の精神そのものを人質にしようにも、彼の能力では『根ざした精神の基盤』にまで物理的な破壊をもたらすことはできない。

 

 高次からの傍観者という彼の特権は、裏を返せば、対象の精神構造を直接的に破壊するような神の御業までは許されていないということだ。

 

 だが、彼にはまだ現実世界へ干渉する『アイテムボックス』の権能が残されている。

 

 精神のパスを通じ、マジックミラー越しに見下ろしている現実の光景。そこには、大破した高級セダンの中に閉じ込められたままの、生意気な令嬢と元ヒーローの老ぼれの姿が鮮明に映し出されていた。

 

「だが、人体の内部には取り出せない」

 

 扇は歩みを止めず、冷徹な事実だけを突きつける。

 

 アイテムボックスの権能は万能ではない。すでに別の質量と生命力で満たされている生物の体内といった、座標が極めて緻密に固定された閉鎖空間に直接異物を転送することは、勇者のシステム上弾かれるようになっているのだ。

 

「はっ、発想が甘いんだよ三流が! 僕のアイテムボックスには、外気に触れ常温に達した瞬間に破裂する爆弾がある! これをあの2人の真ん中の空間に呼び出せば――」

 

 男の顔に、下劣な歓喜の笑みが張り付く。

 

 肉体の内部が無理なら、密室である車内の『空間』に爆発物を放り込めばいい。退路を塞がれた鉄の棺桶の中でそれが起爆すれば、あの2人を肉片一つ残さず消し飛ばすことができる。

 

 この青い化け物がどれほどの力を持っていようと、現実世界で起きる即死の爆発までは止められまい。

 

「お前が動けば、あの2人を確実に殺す! 大人しくそこへ這いつくば――」

 

「ああ、それなら無理だ。()()2()()()()()()()()()()()()()()()

 

 男の勝利の確信を、扇の平坦な声が容赦なく叩き斬った。

 

「……なに?」

 

 意味が分からない。

 

 男は精神のパスを通じて、現実の映像を凝視する。

 

 そこには確かに、身を寄せ合う笹藤麗華と雨傘の姿があるではないか。

 

「お前は馬鹿か? 目の前にちゃんと……」

 

「――もういいってよ」

 

『了解でーす。』

 

 不意に。

 

 精神空間のどこにも存在しないはずの『第3者の声』が、空から降ってきた。

 

 次の瞬間だった。

 

 男が絶対的な現実だと信じて疑わなかった『大破した車内の映像』に、無数のブロック状のノイズが走った。

 

 ザザッ、という不快な電子音と共に、映像の解像度が急速に荒くなり、空間が歪む。

 

 そして。

 

 車内で身を寄せ合っていたはずの麗華と雨傘の姿が、まるでブラウン管テレビの電源を切ったかのように、プツンと掻き消えたのだ。

 

「――何をした!?」

 

「ちょっとした手品だ――よく見ろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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