黄金の柱が溶け落ち、床の大理石が波打つ。
夢幻の勇者の絶叫に呼応するように、彼が支配する精神空間そのものが巨大な殺意の塊となって扇雄介に牙を剥いた。
ここは現実の物理法則が及ばない、彼という「神」の許可なくしては塵一つ動かすことはできないはずの場所だ。
天井から無数の白銀の剣が生成され、床からは灼熱の業火が噴き上がる。
空間そのものが圧縮され、侵入者をすり潰さんと迫る。
それは、現実世界に顕現させれば一国の軍隊すら数秒で消し去るであろう、飽和攻撃の極みだった。
「消えろ! 僕の邪魔をするな! ここは僕の世界だ!」
勇者の顔が醜く歪む。
加護によって与えられた全能感に依存し、他者の精神という安全な隠れ蓑から世界を見下ろしてきた男の、余裕を完全に剥ぎ取られた素顔だった。
だが。
「――違うな。」
降り注ぐ剣の雨も、焼き尽くす業火も、空間の圧縮すらも。
扇雄介の数メートル手前で、まるで目に見えない強固な防波堤にぶつかったかのように、音もなく粉々に砕け散っていった。
「――――!」
「ここはあの子の世界だ、あの子とあの子の家族が作った、あの子だけの楽園、ほかの誰も踏み荒らしてはならないし、踏み荒らすべきでもない場所だ、不調法に入るのは許されないし、それを利用して、あの子に害をなすなど到底許されない。」
砕け散るガラスの破片のような結晶化した力場片の真ん中で青の人型が手を横薙ぎに振り払う、まるで、典雅な礼のように動くその動きに、合わせて唸るエネルギーの塊が放たれた。
体が、ひしゃげるような一撃、とどまることなどかなわない。
勢いよく打ち出されて、壁もないこの空間では止まることすら叶わな――
『!』
――否。
距離にして三メートル、巨大なビルすら粉砕する超圧力を前に、無限の勇者と名乗った男が動いたのはそれだけだ。
何かしらの魔法の影響――そう考えるのが妥当だろう、単純な肉体強度で行けば、勇者狩りさえ成層圏にたたき出せる出力だったのだから。
防御の術式か、あるいは精神空間という特異な環境に依存した絶対的な概念固定か。
いずれにせよ、まともに受ければビル群すら更地にするであろう念動力の一撃を、男の周囲に展開された不可視の防壁は完全に殺しきっていた。
だが、夢幻の勇者と呼ばれる男の思考は、驚愕に凍りつくよりも早く、明確な殺意へと切り替わった。
振り向く動作すらもどかしい。精神空間において、意志は肉体の挙動に先行する。
男の背後に展開された空間が、まるで巨大な顎のように上下から扇を噛み砕かんと迫った。
物理的な質量を持たない、純粋な魔力の圧縮による空間の圧搾。魔王の強固な外殻すら容易くひしゃげさせた、絶対の拒絶。
ドガァンッ!
衝突音が精神の世界に響き渡る――大したパワーだ、妖霊に匹敵するパワーだ、精神次元の力を引っ張っているとしても、これほど扱える辺り、この次元での戦闘はそれなりに行ったことがあるのだろう。
が、だからと言って、超能力者に勝てるわけではない。
扇雄介の身体を保護するψ意識場の薄膜が、その空間の牙をギリギリのところで受け止めていた。
青き超人は、身じろぎ一つしない。
相手がこの精神空間でどれほど神を気取ろうとも、根源的に引き出せるエネルギーの総量は、二十年かけて自我を極限まで肥大化させてきた扇の数十分の一――いや、さらにその下だ。
この程度の攻撃に脅威はない。
そう冷徹に判断した扇が、ついに能動的な反撃へと転じる。
多面体状の結晶の瞳が鋭く細められ、眉間から伸びる二本の羽根状の器官が、ひゅるりと空間を打って揺らいだ。
突端の二点間に極度に圧縮されたψエネルギーが収束し、青白いプラズマの放電が空間を焦がすような唸りを上げる。
毎秒十万アンペアの超放電。
それは単なる高圧電流ではない。対象の分子結合そのものを物理的、かつ概念的に崩壊させるに足る絶対的な破壊の光条だ。
落雷のごとき轟音と共に空気を引き裂き、青き稲妻が真っ直ぐに勇者へと殺到する。
いかなる高位の魔術的防壁であろうと、この一撃の前には薄紙も同然に貫徹される――はずだった。
「――無駄なんだよボケが!」
勇者の醜悪な雄叫びが、黄金の虚空に響き渡る。
扇の超感覚は、その罵声の意味を、現象が網膜に到達するよりも早く理解していた。
扇から放たれた必殺の超電流は、虚空に生じた見えないU字型のパイプに流し込まれた濁流のように軌道を反転させられ、一切の威力を減衰させることなく、放った主である扇自身へと凄まじい勢いで殺到していく。
「――はっ、ははは、ご高説のわりに知らないようじゃないか、ここは現実じゃないんだよ!あらゆることができる!あらゆるものがある、男が女になり、メスが雄になり、塵が象よりも大きくなり、象が塵のように小さくなる!なんだって、思うままだ!こんな風に『無限の空間を折り重ねた壁』だって作れるんだよ!」
どこぞの漫画で見たのだろう、理屈も、意味も、どれほどの物理法則を無視しているのかもわかっていないだろう男は朗々と叫ぶ。
織り込んだ空間同士の接続点をいじったのだろう、稲妻は無限に続く空間の途中で『反対になった空間』を通ったせいでこちらに反転してきたわけだ。
眉を顰める扇を、勇者が笑う――この防壁を超えた存在はいない。
魔王の最大の魔法すら、この防壁を前には何の役にも立たない。
無限の続く次元のループだ、これを貫通できる攻撃など、この世には――
「――発想の貧困な奴め……」
瞬間、衝撃。
顎骨を射抜くような一撃、それが、
「なっ、ばぁ?」
「念力パンチだ――超能力者が、観念移動一つできんとでも思ったのか?
振り切った拳を
創作物で無敵の能力が強いのは使い手が強いからだ、生兵法は怪我のもとにしかならないという事実を、大抵の勇者は知らないのである。