特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第194話:超能力者の場所

 這いつくばった床を、汚い唾液と共に男が何度も叩いた。

 

 無機質な彫像の如き表情を崩さない青い超人。その全身を包む瑠璃色の肌は、精神の深層という不確かな場所にあってなお、一切の揺らぎを見せない。

 

 扇雄介は、一歩も動いてはいなかった。

 

 膝を動かさず、足を踏み出すこともせず、ただ泰然とそこに立ち尽くしている。だが、夢幻の勇者には、目の前の怪物が一刻一刻と距離を詰めてくるような、逃げ場のない錯覚に苛まれていた。

 

 ――ゆえに、男は……夢幻の勇者はそれを振り払う、宿主である笹藤春華から汲み上げられる精神に帰属する、いまだ名もなき力を、自身の身体を起点に物理的な重圧へと変換した。

 

 男が床を叩きつけると、天井と床から数万トンの岩盤に相当する圧力が具現化し、巨大なプレス機となって扇を上下から押し潰さんと閉じた。逃げ場のない空間。大気のない精神世界において、その激突音すら生じぬ無音の圧殺。

 

 だが。

 

 衝突の刹那、扇の周囲数センチに固定されたψ意識場の表面で、迫り来る岩の壁が文字通り「停止」した。

 

 扇は腕1本上げることなく、ただそこに泰然と立ち尽くすだけだ。

 

 男は逆上し、さらに深い精神の階層からエネルギーを汲み上げる。

 

 空間を漂う光の粒子を強引に収束させ、それを1本の「槍」として扇の眉間に向けて射出した。熱量も、魔術的な術式も介さない、ただ純粋な「衝撃」の塊。

 

 放たれた光の槍は、音の壁を容易く置き去りにし、空間を歪ませながら扇を貫かんと殺到する。

 

 しかし、扇はその1撃に視線すら向けなかった。

 

 槍の先端が彼の顔面に到達する寸前、扇の眉間から伸びる2本の羽根状の器官が微かに震える。

 

 キィィィィィン……という、空間がきしむような音。

 

 光速に近い速度で迫っていた槍は、扇に触れることさえ許されず、何もない空中へとベクトルを捻じ曲げられ、明後日の方向へと滑り落ちていった。

 

 男の顔が、絶望と憤怒で赤黒く染まる。

 

 男の四肢が異常に膨張し、皮膚を突き破って鋭利な結晶の刃が全身から生え揃う。もはや人の形を維持することすら放棄し、ただ扇を殺すためだけの「凶器」へと変貌を遂げた。

 

 男は獣のように地を這い、四肢のバネを爆発させて、静止したままの扇へと突っ込んだ。1撃で鉄骨をひしゃげさせるほどの膂力を乗せた、結晶の腕による刺突。

 

 だが、夜空の青を湛えた超人は、その突進を直視したまま、ただ掌を前に翳した。

 

 衝突。

 

 男の振り下ろした結晶の腕が、扇の掌の数センチ手前で、目に見えない強固な障壁に阻まれて火花を散らした。

 

 扇は腕に力を込めることもしない。

 

 ただ、掌のψ意識場を僅かに「収縮」させる。

 

 それだけで、男の腕を覆っていた結晶の刃が、内側から生じた強烈な振動によって粉々に砕け散り、その衝撃が逆流して男の肩を激しく打擲した。

 

 男の身体が木の葉のように吹き飛ばされ、床の上を無様に転がる。

 

「がぁぁああああああ!」

 

 絶叫。

 

 本来目に見えないはずの衝撃が、まるで映像の中のようにエフェクトと共に飛び込んでくる――が、これもまた、意味をなさない。

 

 振動を示すようなエフェクトも――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も扇の纏う念力の鎧を貫徹できない。

 

 もう一度――今度は衝撃ではなく吸い込みを放ち、体の細胞を食い荒らそうとした勇者の顎が跳ね上がる。

 

 再び、壁を飛び越えて放たれた拳が顎をぶち抜いた、治癒の魔法――本来は扱えないが、この領域ならばいくらでも扱える――によって治ったはずの顎が再び砕ける。

 

 やはり、無限の次元壁ではあの男の攻撃は止められない――となれば、もはや、攻めるしか選択肢はない。

 

 地面を、存在しない物をたたき、空間を揺るがす。

 

 結晶の刃を再び宿す。

 

 脚に力を込める――普段なら枯れ枝のように細い足に、気が付けば筋肉の鎧が宿っていた。

 

 精神の次元ならば、肉体を強化する呪文の力でこれほどの力を生み出すこともできる。

 

 重力をゼロに、空気抵抗などは初めからない。

 

 勢いよく地面をける。

 

 一瞬の加速――その速度は光のごとく……いや、光そのものと同じだけ速い。

 

 この空間において、物理法則はそれほど意味をなさない。

 

 拳の一振りが、宇宙を切り開き、たやすく滅ぼす。

 

 精神の領域とはそういうものだ、この領域に侵入する存在はそれを自在に扱う権利を得る――だから、夢幻の勇者はここにいる、ここから出ない。

 

 いつの日か、自分のヒロインをここに導き、永遠をここで過ごせるその日まで、彼は自分の行いをやめるつもりがない。

 

 それを証明する1撃、あらゆる物理法則を超えて迫るその刃は、あるいは妖霊すら捕らえうる。

 

 彼はそう信じていたし、実際、よほどのろい妖霊ならばそうだったかもしれない。

 

 光速で、剣が奔る。

 

 誰も見えない、誰も捕らえられない攻撃が精神領域を貫き――

 

「――ふむ……思ったよりは遅いな。」

 

 ――止められた。

 

 あり得ないことのはずだった。

 

 あらゆる生き物を切り裂く必殺技だ、魔王だってこれで殺した。

 

 負けるはずがない、だってここは精神の領域。

 

「――つまり、超能力者の場所さ。」

 

 雷劫が、響いた。

 

 地面から走る稲妻を、彼はおそらく初めて見たのだ。

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