特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第195話:もう一人の来訪者

 地を這う稲妻が、夢幻の勇者の肉体を下から突き上げた。

 

 天から落ちる雷とは異なり、扇雄介の意志によって地面から逆流する青白い暴力。実体を持ってこの精神世界に潜行していた男は、その質量を伴う衝撃を回避することも、相殺することもできなかった。

 

 絶叫。

 

 それは肺から絞り出された空気の震えであり、同時に、加護というシステムに過剰依存しきっていた脆弱な精神が、絶対的な物理の激痛に晒されたことで上げた悲鳴でもあった。

 

「――悪いね。加減してやれなかったが……これくらいは我慢してくれ」

 

 男の腕を掴んだまま、扇は静かに見下ろしていた。

 

 別段、次の攻撃を予定しているわけではない。白目を剥いて痙攣する男の顔を見れば、これ以上の物理的制圧は無意味であることが明白だった。

 

 扇の要件は、ただ暴力による屈服などではない。

 

 バチリ。

 

 紫電が爆ぜる微かな音と共に、扇の眉間から伸びる二本の羽根状の器官が微かに震えた。

 

 超感覚の軌道によって動くこの器官は、念力の変換器であり、同時に対象の思念の深層を感知する精密なアンテナでもある。

 

 読み取るべきは過去。この男が接触していたという、あの「ディーラー」が語っていた妖霊の正体だ。

 

 『忍び足で現れる腐毒』。

 

 その異名を持つ高次元生命体が、何を企み、この男にどのような力を与えたのか。男の脳髄には、必ずその情報の残滓がこびりついているはずだ。

 

 扇の放った精神干渉波が、まるで乾いた砂に水が浸潤するかのように、男の心の防壁を透かして深層へと染み渡っていく――。

 

「――ねぇ、それは不躾なことにならないの?」

 

 ふいに、女の声がした。

 

 鼓膜を揺らす物理的な音ではない。精神空間に直接割り込んでくるような、甘ったるく、それでいて肺腑を爛れさせるような不快な響きだった。

 

 ヴゥン、と。

 

 扇の眉間の羽根がけたたましい振動音を上げ、本能的な危険を知らせる。

 

 反射的に視線を向けた空間に、扇は瞬時に極限まで圧縮した念動力の壁を展開した。

 

 直後、その見えざる壁に「何か」が激突し、ジュゥゥゥという嫌な音を立てて空間そのものを溶かし始める。

 

 それは矢だった。

 

 単なる物理的な飛礫ではない。濃密な悪意と、精神そのものを腐敗させる猛毒を極限まで凝縮させた超常の毒の矢。

 

『刺さった物体を腐らせる毒の矢か。』

 

 扇は多面体状の結晶の瞳を細めた――出てくるとは思っていたがことのほか面倒だ、よもや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぶるぶると震え、爆ぜる毒の矢を念力の膜にて包み込み、圧縮する――最後に残ったのは塵よりも小さき石のようなものだ。

 

「――勇者だの妖霊ってやつは、人様の許可も取らずにどこにでも入り込むのか?」

 

 扇の冷たい問いかけに対し、虚空からクスクスという忍び笑いが返ってくる。

 

「それはお互い様じゃないー? 他人の協力者の頭の中を、勝手に覗き見ようとしていたのはそっちでしょう?」

 

 声の主の姿は見えない。だが、白く静謐だったはずの精神空間の端から、どす黒く濁った紫色の靄がじわじわと侵食を始めていた。

 

 間違いない。こいつが、笹藤春華を苛み、この男を操っていた元凶たる妖霊。

 

「よく言う。殺そうとしたくせに」

 

 扇は、周囲を取り囲むように展開し始めた紫の靄に対し、極限まで圧縮したψ意識場の防壁を広げながら、ひどく平坦な声で告げた。

 

「えーしてないよー? 君が止めるでしょー、最初の人」

 

 どこからともなく響く、間延びした少女のような声。

 

 だが、その声色に込められた感情は、純粋な好奇心というよりは、新しい玩具の耐久性を試そうとする残忍な子供のそれに近い。

 

 明確な殺意を持たず、ただ「壊れるならそれでいい」という無責任な悪意。

 

「またそれか……」

 

 扇は呆れたように小さく息を吐いた。

 

『初めの方々』だの『最初の人』だの、高次元の精神生命体たちは、自分たち特撮班をどういうわけか特別なカテゴリーに分類しているらしい。

 

「ほめてるんだけどー」

 

「褒められてる感じもせんがね……」

 

 姿が――見えない。

 

 この次元に入り込んでいないのか、あるいは――入っているが、自分の感知能力でも探り出せないのか。

 

「物質領域よりは居心地がよさそうだ。」

 

「いいねーせまくないし。」

 

 からからと笑う――この次元のあらゆる場所から、なるほど、こちらに位置を悟らせたくないらしい。

 

「それで?こいつの引き取りに来てくれたのかね?」

 

「んーそうだねー渡してくれるなら。」

 

「断る。」

 

「だよねー……」

 

 げんなりと声音を落とし、煩わしそうな声を出す。

 

「知ってたような物言いだな。」

 

「そりゃねー……でぃらー?とか君たちが呼んでるやつに聞いてたからねー……それにどうせ、()()()()()()()()()?」

 

「まあな。」

 

 肩をすくめる――実際、この男の思考に合った情報はすべて引き抜いた後だ、この声の主に話をするためだけにこの状態にしたのだ。

 

「一応聞いておくが、お前も捕まってくれる気はないんだろう?」

 

「そりゃねーやることがあるから。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()か?」

 

 まるで世間話のように、この世界を根底からひっくりかえす一言が飛び出したことを、この世の誰も知らないのは、ある種幸福だったのだろう。

 

「――ああ、なんだ、やっぱりそこまでばれちゃった?」

 

 そして何より、この女の真の声を誰も聞かなくて済んだのだから。

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