特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第197話:勇者

 扇は、のたうつ紫の靄を視界の端に捉えながら、意識の焦点をその『奥』へと絞り込んだ。

 

 ψ意識場を不可視の杭として叩き込み、この精神空間を介して繋がっている『本体の座標』を強引に逆探知《トレース》する。

 

「――逃がさん。」

 

 確かな手応え。

 

 泥沼のような精神の深層から、現実世界に潜む本体へと伸びる細い糸。その端を扇が掴み、一気に引き寄せようとした、その瞬間だった。

 

「あはは、欲張りだねぇ。でも、そういうのは『押し売り』になっちゃうよ?」

 

 ブチィィンッ! と、精神の奥底で何かが弾ける嫌な音が響いた。

 

 敵は、扇の追跡を断つためだけに、この空間に投射していた自らの意識の一部を、事務的に切り捨てて自壊させたのだ。

 

「――へぇ?」

 

「そりゃこっちだっていろいろ調べてるし、これぐらいならいくらでも逃げられるよねー?」

 

「それはまた、ずいぶんと――甘く見られたもんだな。」

 

 腕を引く。

 

 すでに位置はつかんだのだ、逃がすわけがない。

 

「ありゃ。」

 

 空間がたわむ――観念移動だ、あらゆる物質を、距離を飛び越えてそれが現れる。

 

 それは――人間ではなかった。

 

 扇がψ意識場の鎖で強引に引きずり出したソレは、三次元の視覚情報が処理を拒絶するような、不快な『成分』の塊だった。

 

 不定形で、虹色に濁ったオイルのような光沢を放つ幾何学的な結晶体の集合。それが無理やり人型を模して組み上がっているが、端々から絶えずノイズのような紫の火花が散り、周囲の精神空間をドロドロと腐食させていく。

 

 彼ら高次元生命体にとって、形を持つということは「拷問」に等しい。

 

 この精神空間においてさえ、その『器』は彼らにとって狭く、重く、息苦しい牢獄でしかない。人型を保つための成分が、三次元の論理に押し込められて激しく摩擦し、耳を劈くような高周波の悲鳴を上げ続けている。

 

 顔に相当する部分には、複数の『穴』が空いているだけだ。その穴の奥では、この世のものではない極彩色の光が渦巻き、視線を向けるだけで精神の平衡を奪いにくる。

 

 腕を引いた感覚は、まだ残っている。ψ意識場の鎖が、妖霊の「成分」の核をガッチリと捕らえている。どんなにのたうち回ろうと、もはや逃げ場はない。

 

「――ほんとに、危ないねぇ、君たちは。」

 

「ほざけ、人様の領域踏み荒らしといて何ほざいてんだ。」

 

「仕方ないでしょー?あの世界を救うために必要な行いだったんだよー」

 

「そのために人様の領域に踏み込んで、他人を浚うのか?」

 

「そこは異世界の子に言ってよー私たちはそこ、タッチしてないもん。」

 

「――何?」

 

 思わず――と言った風情に、声が漏れた。

 

 特撮班のオフィス、扇から飛んできている精神干渉波によって彼の眼を借り、耳にて聞く天塚が届いた一言に、届いた一言に、彼は愕然と顎を開く――彼にしては、珍しい状態だった。

 

「……どういうことだ?」

 

「ん?どうもくそも……私達、異世界の人間がだれを呼んでるかもなんで呼んでるかも知らないよー?最初は嘆願に従って魔王退治?用に召喚術渡したけどその先なんて知らないって。」

 

「まて、勇者は……お前たちが召喚してるんじゃないのか?」

 

 そう思っていた。

 

 確かに、異世界側の王族や優れた召喚士によって呼び出されるという話は聞いていたし、それも嘘ではないとも思っていた。

 

 だが、同時に、こいつらのような高等生物の介入なしに、別次元から人を浚うことができるはずがないとも、考えていたのだ。

 

 ゆえに、天塚は考えた――即ち召喚の儀式とは、『妖霊たちに要求を伝える技術』なのだと。

 

 召喚の儀式を行うことで、異世界側は妖霊とコンタクトを取り、特定の勇者の召喚を望む、そして、妖霊たちが次元を貫き、こちらの次元から人を浚う――そんな、手順なのだと。

 

「違うよー確かに、呼び出しの方法を教えたのは私達だけど、あとはあっちの独断。わたしたちはかわいそーだから加護をあげてるだけなんだよ?みんな、なんか私達が悪いみたいに言うけどさー失礼だよねー」

 

『――雄介。』

 

『嘘じゃないと思うぞ――まあ、こいつが何かの精神偽装能力があるとか言い出したらわからんが。』

 

 考える、これまでの想定が間違っているとしたら?

 

 これまで、異世界の人間は『買い手』のようなものだとばかり思っていた、異世界側に勇者を投げ捨てるための……そう、言い方は非常に悪いが、ゴミの収集業者のようなものだと思っていたのだ。

 

 連中に責任がないとは思わないが、根本的な部分では、この連中の影響が大きいのだと。

 

 だが……そこが、違うのか?

 

 妖霊は、召喚の『門』を開く技術を異世界人に渡し、ただシステムを解放しただけ。

 

 そして、呼び出されてしまった地球人に対し、ただ「丸腰では可哀想だから」という理由で『加護』という名のオーバースペックな力をポンと付与しているだけだった。

 

 おぞましい想像が浮かぶ

 

 魔王はいるのだろう、あの日、自分たちが生まれたあの日に倒したのだから。

 

 だが――だが、あれは本当に「魔王」だったのか? 

 

 勇者が倒すべき人類の敵……果たして本当にそうか?

 

 ずっと疑問だった――今日までに勇者召喚によって呼び出されたと思われる人数は『964』人。

 

 それだけの数がいて、なぜ『魔王が根絶できない?』

 

 魔王は読んで字のごとく、魔物の王、そのはずだが――そんな数がいるのか?

 

 もしも、あの日倒した『魔王』が厳密に言えば『魔王』ではなく、別の何かだとしたら?

 

 そして――そして、そうだとしたら。

 

『異世界で、勇者は――』

 

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