特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第199話:空の煌き

 ――行動が決まった後、三人の動きは速い。

 

 炸裂した妖霊がもたらした腐毒を念力が縛り上げるようにかき集める。

 

 あらゆる『形あるものを滅ぼす毒』も、形なき圧力には抵抗できないのだろう、ひゅるりと動くように羽根が動いたと思うと同時に飛び散ったはずの毒々しい紫の怪雲は、一つのビー玉にまで固まり、その力を発揮することなく扇の掌の上に収まる。

 

 落とすことなくそのビー玉をつかんだ扇は即座に腕を振るう――何もない精神の中に揺蕩う『夢幻の勇者』の姿が消える。

 

「七星。」

 

『あいよー』

 

 観念移動――次元の壁を飛び越え、あらゆる領域に侵入するその力が、勇者の体を寸分たがわず七星のもとに送り込む。

 

 勇者にすら備わらぬその力は正しく超常の領域、場所さえわかれば次元の壁すら飛び越えるその力で、別世界に行ければいいのだが……そう簡単にもいかないのが世の中だ。

 

 一瞬の感傷を打ち消し、次の瞬間には、扇の体は精神の中から消え去っていた。

 

 

 

 

 ――成層圏と中間圏の境界。

 

 青い地球の輪郭が弧を描き、絶対零度と真空が支配する死の世界。

 

 そこに、夜空の青を湛えた『人の原質』――扇雄介は漂っていた。

 

 息はできない。気圧差で血液は沸騰し、宇宙線が細胞を破壊する環境。

 

 超人ならぬ身ならばたやすく死を迎えるこの空間にあって、二人の超人の体は一切の異常を見せない。

 

 精神の領域により、その肉体を変異させる扇雄介――Homo 《精神》psycho《形態》morphus《変換》 metam《型》orphica《人類》はその肉体を『精神活動でのみ』維持する。

 

 酸素による呼吸はいらず、眠りもしない彼にとって、細胞の分裂さえ、その意思に隷属させることができる。

 

 全ての細胞から念力を発する彼に、宇宙線は接触すらできない。

 

 一方で天塚新の『戦闘体』もこの程度では崩れない――もとより、宇宙空間での活動は想定されているのだ、宇宙に出た程度で量子泡制御層は崩壊などしない。

 

 半透明の流線型を描くその外殻は、時空の最小単位であるプランク長を制御する『量子泡制御層』によって維持されている。

 

 これは、原子核レベルの微小な時空の泡を強引に整列させ、外部の物理法則が肉体内部へ干渉することを物理的に遮断する、科学を超越した『知性の防壁』である。内圧の膨張も、真空による吸引も、彼の戦闘体を構成する量子的な均衡を揺らすことは叶わない。

 

『お、お疲れ様です――引き渡しは?』

 

 天塚の、冷静でありながら僅かに労いを含んだ思念が扇の脳髄を叩く。真空の宇宙空間。音を伝える媒質を欠いた死の世界で、二人の間を繋ぐのは物理的な音波ではなく、精神の同調によってもたらされるダイレクトな意識の交換であった。

 

『お疲れー完了した。ストーカー被害からここまで大事になるとは思わんかったねぇ。』

 

 扇が多面体状の結晶の瞳を僅かに細め、返答を返した。

 

 一人の少女の精神の深奥を汚染し続けていた男の末路は、正義の味方たちの容赦のない一撃によって既に決したが――よもやそれがここまで派手になるとは。

 

『ですねぇ……さて、どうします?』

 

 天塚が視線を向けた先には、地球の輪郭を穢すように展開された、おぞましい赤黒い幾何学模様があった。

 

 妖霊『腐毒』が逃亡の際の目眩ましとして、そして世界への置き土産として配置した超大規模な魔術回路。衛星軌道上に滞留するそれは、不気味な脈動を繰り返しながら、オゾン層へと接触するその瞬間を虎視眈々と狙っている。

 

『僕は反転するけど。』

 

 扇は両腕をゆっくりと広げた。首元で揺らめくマフラー状の器官が、真空の海を掻き回すように激しくうねる。

 

 彼が企図しているのは、空間そのものに巨大な精神的圧力の『反発点』を構築し、降り注ごうとする魔力の雨を、その全ベクトルごと宇宙の彼方へ強引に押し戻すことだ。物理的な障壁を作るのではなく、事象の流れそのものを文字通り「反転」させる、超能力者の真骨頂とも言える力技である。

 

『……燃えますかね、あれ。』

 

 天塚が、自らの胸部に埋め込まれた三角形の光圧導波器官を明滅させながら呟く。

 

 もし、あの霧のようなものが可燃性があるのなら光線で焼き払うだけでいいのだが……妖霊の遺した『魔法』が既存の物理法則に律儀に従う保証はどこにもない。

 

『わからん――試してみるかね。』

 

 扇の思念は冷徹だった。

 

『最悪、無理そうなら南半球に障壁張りますかねぇ。』

 

 天塚が、淡々と第二案を提示する。

 

 扇が「反転」で北半球側をカバーする間に、自分は南半球側の全域に、量子泡の位相差を利用した『絶対零度の位相防壁』を展開し、電磁波の地表への到達を物理的に遮断する。地球を丸ごと二人で覆い隠すという、正気の沙汰ではない作戦。

 

 だが、今の彼らの肉体、彼らの精神、彼らが到達した『超人体』の領域をもってすれば、それは決して不可能な妄想ではなかった。

 

 眼下を覆う魔力の毒雲は、重力に惹かれるように、緩やかに高度を下げ続けている。

 

 扇は多面体の瞳を鋭く細め、自らの内側に渦巻く無尽蔵のψ意識場を臨界点まで引き上げた。彼の周囲で、物理法則に反した不可視の熱量が爆ぜ、真空の空間が陽炎のように歪む。

 

 ――超力・念動返し――

 

 因果関係が逆行し、

 

 音のない世界で、空間が軋む絶叫が響き渡った。

 

 扇が交差させていた両腕を宇宙空間へ向けて一気に解放した瞬間、南半球に降り注ごうとしていた毒雲の魔力が、彼の展開した極大のψ意識場に衝突。直後、その全ベクトルが物理法則を嘲笑うかのように反転し、猛烈な勢いで宇宙の深淵へと跳ね返された。

 

 転じて、天塚はごく派手だった。

 

 胸部に熱を持ち、赤光が輝く。

 

 ――焼却光――

 

 光が瞬いた。

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