特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第200話:一大プロジェクト

 その日、世界中の人間がある幻覚を見たと翌日のニュースは報じた。

 

 曰く――空が、一瞬燃え上がったのだと。

 

 まるで、天空を覆い尽くす巨大なガラスの天蓋が砕け散り、その亀裂から極彩色のアウローラが地上へ降り注いだかのような壮絶な光景。

 

 各国の気象機関は突発的かつ未曾有の大規模な磁気嵐の兆候だと慌てふためき、オカルト愛好家たちは終末の予兆だとネットの海を沸かせた。しかし、真相を捉えられた人間など、この星のどこを探してもいなかっただろう。

 

 それが、数十億の命と築き上げられた文明を電子レベルで初期化しかねなかった悪意の陣紋が、たった2人の『人間』の手によって宇宙の塵へと還された、絶対的な星間防衛の余波であったことなど。

 

「――ふぅ。どうにかギリギリ、臨界点前に間に合いましたね」

 

『お疲れお疲れ、派手にやったねぇ』

 

 真空の世界に、鼓膜を通さない直接の思念が響く。それは、南半球の毒雲を『念動返し』によって宇宙空間の彼方へと弾き飛ばし、事象そのものを反転させた青き超人――扇雄介からの通信だった。

 

『これが一番効率がいいでしょう? あんな危ない代物、下手に軌道を逸らして他の天体にぶつけるわけにもいきませんからね。僕の光は、君の超能力のように空間を飛び越えてあの女の本体に直接届くわけでもありませんし』

 

 天塚は、生体装甲の顔に表情を浮かべることはないが、その思念の波長で呆れたように肩をすくめてみせた。

 

 だが、天塚の緻密な論理回路には、1つの解せない疑問が残っていた。

 

『それにしても、解せませんね。これほど大掛かりな仕掛けの割に、あっけなさすぎる。この程度の術式なら、君の力を借りずとも僕1人で十分に対処可能でしたよ』

 

『そうすると、あいつは別の場所で、また別の取り返しのつかない問題を起こす。逃げた先を俺たちに追わせない代わりに、この程度の「嫌がらせ」で手打ちにする腹だったらしい』

 

 扇の思念は冷徹に、妖霊の盤外戦術を見抜いていた。

 

 あの「腐毒」の妖霊は、自分たちが地球規模の危機に直面すれば必ずここへ来ることを分かっていた。

 

 自分自身を安全圏に逃がすための陽動であり、彼らの足止め。そのための、ギリギリの爆弾だったのだ。

 

『僕らが心を読めることは、完全に織り込み済みだったわけですか。随分と僕らの情報が向こうに漏れていますねぇ』

 

 天塚が光の粒子を瞬かせ、忌々しげに思念を返す。

 

 高次元の生命体とはいえ、彼ら「正義の味方」の行動原理や能力の限界値をこれほど正確に把握し、逆手にとってくるとは。

 

『まあ、それで向こうが大人しく引き下がって、しばらく動かないでいてくれるなら、こちらとしては全然構わんのだが……』

 

 扇の思念の奥底に、かすかな陰りが混じる。

 

 彼らが相対しているのは、人間の倫理観など欠片も持ち合わせていない異次元の怪物たちだ。

 

 今回の手打ちが、単なる時間稼ぎであり、よりおぞましい「平等な救済」のための布石に過ぎないことを、2人の超人は嫌というほど理解していた。

 

『殺しとくんだったか……?』

 

『それやったら僕らじゃないですしねぇ……それに、下手に向こうの生物を殺したら――』

 

『こっちに逆侵攻してくる?』

 

『――可能性はあります、そして、それらすべてを同時かつ誰にも悟られずに終わらせるのは、かなり厳しいですよ。』

 

 圧倒的な全能感と引き換えに背負い込んだ重圧に、扇は真空の海で音のないため息を吐き出した。

 

 多面体状の結晶の瞳に映るのは、生命の揺り籠たる青き惑星の美しいグラデーションだ。

 

 美しいかはわからないが――少なくとも、あそこにいる人や、あそこで学んだことが、大事だと、自分はまだ思えている。

 

 もし自分が、あの妖霊たちと同じように「自己の満足」や「独善的な大義」だけを優先する存在であったなら、こんなジレンマに悩まされることはなかっただろう。

 

 逃げゆく紫の靄の意識の糸を辿り、その根源たる成分界の領域ごと念動力で圧殺する。力という1点においてのみ語るならば、精神の極致へと至った現在の扇にとって、それは決して不可能な芸当ではない。

 

 だが、扇雄介はそうしない。

 

 敵を根絶やしにすることが真の解決にはならないと、彼らはこれまでの10年間のヒーロー活動で嫌というほど学んできたからだ。

 

 もしも、妖霊を1体でも殺せば、妖霊たちはこちらに逆侵攻をかけてきかねない――あの連中に、命というものの価値はわからないのだ、今は、まだ、殺していないから小康状態で止まっているだけなのだ、あの連中は。

 

 そうなれば――この世界は瞬く間に戦場になる、血で血を洗う絶滅戦争だ。

 

 人に被害を出さずに勝てるかと聞かれれば、不可能ではないだろう――だが、たやすくはない。

 

 そして、もしも、妖霊がいなくなっても、異世界人たちは召喚術を使うのをやめないだろう、今は勇者という兵器として、加護がなくなれば――体のいい、奴隷にでもしかねない。

 

 まだ、妖霊と全面戦争はできない、したいとも思わない。

 

『……やっぱり、切断がまるいかぁ……?』

 

『ですねぇ、まだ、完成の目処立ってませんけど。』

 

『ま、そこはおいおいだ――成分とやらは読み取れるようになってきたんだろ?』

 

『ええ、まあ、あれはいい素材でした、もしあれを調べて、源流に当たる次元がわかれば――』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』――勇者の存在を知ってから、天塚が……そして、正義の味方達が取り組んでいる一大プロジェクトは、今まさに、新たな意味を持ち始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

『そういえば、僕なんか妖霊からヒーローっぽい名前で呼ばれたんじゃけど。』

 

『あーなんか、呼ばれてたなぁ、ミアズマンだっけ?』

 

『――ミアズマン、ミアズマンか……ありだな。』

 

『……一応、言っときますけど、それ、どっかの言葉で『瘴気』って意味ですよ。』

 

『でも響きはいい……あと、妖霊たちへの『瘴気』ってことなら、割とありな気がする。』

 

『……』

 

否定は、できなかった。

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