のどかな平日の真っ昼間から人々の叫び声が響いていた。
とある大学のキャンパス、若者たちが逃げ惑う中に一人立ち上がる青年がいる。
白い空手道着に身を包み、左胸にはヒーローの証であるトランサーが輝く、
二十代前半、おそらくこの大学の学生であろうヒーローは、背後に倒れている女性たちを庇うように目の前の怪物――こちらの世界においては『ギガンテス』とよく呼ばれる巨躯の怪物に立ちはだかる。
「くっ……こちら、『ブロウラー』。まだ援軍はこないんですか?」
『今向かっています。歴の長いプロです、耐えてください!』
耳に着けたインカムに触れ本部と話している。通信の先からは女性の声が聞こえ、クロオビファイターを鼓舞していた。
額から垂れる汗、目の前に迫る脅威に息を飲む。
警報が鳴るよりも早く現れた魔法陣――静粛招来と呼ばれる現象だ、決して多くはない現象だった――から現れた魔物の群れは、多くはなかった。
数だけで言えば、彼一人でも対処可能な数だったはずなのだ、新型のコピュラの力はそれだけの力を与えてくれる、拳の一振りは、以前のそれとは比べられないほどの力を発揮してくれる。
ゴブリンはかすり傷はおろか、近づける事すらなく始末できた。
オークも真っ向から力勝負で勝てた。
だが――だが、ギガンテスは別だ。
大柄な方であるはずの彼の三人分はあろうかという巨体、無造作に振り抜かれる脚の一振りで、体がまるで障子紙のように弾かれる。
もしも、強化されていなければ、今頃自分は死んでいただろう。そう感じるほどの膂力。
間違いなく勝てない、確信がある。
新人二年目、才能があると褒められたことは数知れないがこの魔物相手は――無理だ。
それでも、彼が引かないのは、おそらく、彼自身の矜持か、あるいは恐怖で思考がマヒしたのか……正直、彼自身にもわからない。
いずれにせよ、あの化け物から後ろの女性を逃がさなければ……
ギガンテスの太い腕が、空気を圧縮しながら振り下ろされる。ブロウラーは両腕を交差させ、新型コピュラの出力を最大まで引き上げた。
激突の瞬間、骨が軋む嫌な音が脳内に響き渡る。
耐えられない。足元の舗装が砕け、彼の体は後方へ数メートル滑り流された。腕の感覚はとうに消え失せ、肺からはむりやり空気が絞り出される。
ギガンテスは無機質な濁った瞳で眼下の矮小な抵抗者を見下ろし、止めとばかりに丸太のような脚を高く振り上げた。
「逃げ……て……!」
後ろにへたり込む女子学生たちに掠れた声で叫びながら、彼は再び前に出ようとする。だが、膝が笑い、力がうまく入らない。
終わる。
若きヒーローが目をきつく閉じた、その刹那だった。
「――さすがに期待の新人だな、ここまで持たせるとは……」
静かで、場違いなほど落ち着いた声がキャンパスに響いた。
重厚な風切り音が鳴る。だが、それはギガンテスの足がブロウラーを粉砕する音ではなかった。
目を開けたブロウラーの視界に飛び込んできたのは、銀色の装甲――スターリングシルバーの輝きを放つ、飾り気のないシンプルなヒーローの後ろ姿だった。
インパルス・バングル。
七星一也は、ギガンテスの振り下ろす巨脚を『受け止め』てはいなかった。
斜め下から滑り込むように接近し、敵の脚の側面に自らの前腕をそっと添える。そして、体重移動と腰の回転だけで、何トンもの質量を持つ踏みつけのベクトルを強引に横へと『逸らした』のだ。
王心七征拳・回し受け
ズドォォン! という轟音と共に、ギガンテスの脚はブロウラーの真横のアスファルトを虚しく砕き、その巨体は自らの勢いに振り回されて大きくバランスを崩した。
「動けるか?」
「だ、大丈夫、です!」
「じゃあ、決め技だけ合わせてくれ、動きは止めるから。」
言いざま、体勢を立て直した巨人の剛腕が天より降る――しかし、その一撃が七星を捉えることはない。
影のようにしなやかに、光のように素早く、七星の体が巨岩のごとき拳の落下地点から消える。
ギガンテスの眼が、拳にふさがれて見失う一瞬の隙に、滑るように地面を駆け抜け、股下をくぐる――デカすぎるのも考え物だ、間違いなく力ではあるが、こうして、欠点もあふれている。
一瞬影を見失った巨人の顔色が青ざめる――地面を踏み砕くほど強く蹴りつけた七星の蹴りが、天井を貫く槍のように、股の間にぶら下がるそれを蹴りぬいたのだとわかったのは、おそらく巨人の死後だったことだろう。
脚の不快感に顔をしかめる――さて、新人は……?
「――インパルス!」
『あら、いい動き。』
倒れ伏す巨人の側面、頭が倒れてくるであろう位置に、彼はいた。
何をするかは明白だ、なるほど、新人の星というだけはある。
地面をける――向かうは彼の対面、頭を挟み込むように位置する二人のヒーロー。
腰を落とす、小指から順番にこぶしを固く握る――回転は腰から、地面の抗力を足に伝えて、糸で引かれるように拳を
「――ぜぇあ!」
放つ。
反対でも、新人が同じ動きをした。
ゴボン!と何かが沈むような音が響いて――魔物の体が溶ける。
死んだ魔物にだけ起こる反応、体が、魔力だか成分だかに溶ける異常な姿。
巨人の死は明白だった。
いつも通りの日常、いつも通りの業務、いつも通りの敵――彼らが『大事件』と語った恐ろしき一週間の始まりは、実に平凡に始まったのだ。