特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第204話:始まりの月曜日

 のどかな平日の真っ昼間から人々の叫び声が響いていた。

 

 とある大学のキャンパス、若者たちが逃げ惑う中に一人立ち上がる青年がいる。

 

 白い空手道着に身を包み、左胸にはヒーローの証であるトランサーが輝く、

 

 二十代前半、おそらくこの大学の学生であろうヒーローは、背後に倒れている女性たちを庇うように目の前の怪物――こちらの世界においては『ギガンテス』とよく呼ばれる巨躯の怪物に立ちはだかる。

 

「くっ……こちら、『ブロウラー』。まだ援軍はこないんですか?」

 

『今向かっています。歴の長いプロです、耐えてください!』

 

 耳に着けたインカムに触れ本部と話している。通信の先からは女性の声が聞こえ、クロオビファイターを鼓舞していた。

 

 額から垂れる汗、目の前に迫る脅威に息を飲む。

 

 警報が鳴るよりも早く現れた魔法陣――静粛招来と呼ばれる現象だ、決して多くはない現象だった――から現れた魔物の群れは、多くはなかった。

 

 数だけで言えば、彼一人でも対処可能な数だったはずなのだ、新型のコピュラの力はそれだけの力を与えてくれる、拳の一振りは、以前のそれとは比べられないほどの力を発揮してくれる。

 

 ゴブリンはかすり傷はおろか、近づける事すらなく始末できた。

 

 オークも真っ向から力勝負で勝てた。

 

 だが――だが、ギガンテスは別だ。

 

 大柄な方であるはずの彼の三人分はあろうかという巨体、無造作に振り抜かれる脚の一振りで、体がまるで障子紙のように弾かれる。

 

 もしも、強化されていなければ、今頃自分は死んでいただろう。そう感じるほどの膂力。

 

 間違いなく勝てない、確信がある。

 

 新人二年目、才能があると褒められたことは数知れないがこの魔物相手は――無理だ。

 

 それでも、彼が引かないのは、おそらく、彼自身の矜持か、あるいは恐怖で思考がマヒしたのか……正直、彼自身にもわからない。

 

 いずれにせよ、あの化け物から後ろの女性を逃がさなければ……

 

 ギガンテスの太い腕が、空気を圧縮しながら振り下ろされる。ブロウラーは両腕を交差させ、新型コピュラの出力を最大まで引き上げた。

 

 激突の瞬間、骨が軋む嫌な音が脳内に響き渡る。

 

 耐えられない。足元の舗装が砕け、彼の体は後方へ数メートル滑り流された。腕の感覚はとうに消え失せ、肺からはむりやり空気が絞り出される。

 

 ギガンテスは無機質な濁った瞳で眼下の矮小な抵抗者を見下ろし、止めとばかりに丸太のような脚を高く振り上げた。

 

「逃げ……て……!」

 

 後ろにへたり込む女子学生たちに掠れた声で叫びながら、彼は再び前に出ようとする。だが、膝が笑い、力がうまく入らない。

 

 終わる。

 

 若きヒーローが目をきつく閉じた、その刹那だった。

 

「――さすがに期待の新人だな、ここまで持たせるとは……」

 

 静かで、場違いなほど落ち着いた声がキャンパスに響いた。

 

 重厚な風切り音が鳴る。だが、それはギガンテスの足がブロウラーを粉砕する音ではなかった。

 

 目を開けたブロウラーの視界に飛び込んできたのは、銀色の装甲――スターリングシルバーの輝きを放つ、飾り気のないシンプルなヒーローの後ろ姿だった。

 

 インパルス・バングル。

 

 七星一也は、ギガンテスの振り下ろす巨脚を『受け止め』てはいなかった。

 

 斜め下から滑り込むように接近し、敵の脚の側面に自らの前腕をそっと添える。そして、体重移動と腰の回転だけで、何トンもの質量を持つ踏みつけのベクトルを強引に横へと『逸らした』のだ。

 

 王心七征拳・回し受け

 

 ズドォォン! という轟音と共に、ギガンテスの脚はブロウラーの真横のアスファルトを虚しく砕き、その巨体は自らの勢いに振り回されて大きくバランスを崩した。

 

「動けるか?」

 

「だ、大丈夫、です!」

 

「じゃあ、決め技だけ合わせてくれ、動きは止めるから。」

 

 言いざま、体勢を立て直した巨人の剛腕が天より降る――しかし、その一撃が七星を捉えることはない。

 

 影のようにしなやかに、光のように素早く、七星の体が巨岩のごとき拳の落下地点から消える。

 

 ギガンテスの眼が、拳にふさがれて見失う一瞬の隙に、滑るように地面を駆け抜け、股下をくぐる――デカすぎるのも考え物だ、間違いなく力ではあるが、こうして、欠点もあふれている。

 

 一瞬影を見失った巨人の顔色が青ざめる――地面を踏み砕くほど強く蹴りつけた七星の蹴りが、天井を貫く槍のように、股の間にぶら下がるそれを蹴りぬいたのだとわかったのは、おそらく巨人の死後だったことだろう。

 

 脚の不快感に顔をしかめる――さて、新人は……?

 

「――インパルス!」

 

『あら、いい動き。』

 

 倒れ伏す巨人の側面、頭が倒れてくるであろう位置に、彼はいた。

 

 何をするかは明白だ、なるほど、新人の星というだけはある。

 

 地面をける――向かうは彼の対面、頭を挟み込むように位置する二人のヒーロー。

 

 腰を落とす、小指から順番にこぶしを固く握る――回転は腰から、地面の抗力を足に伝えて、糸で引かれるように拳を

 

「――ぜぇあ!」

 

 放つ。

 

 反対でも、新人が同じ動きをした。

 

 ゴボン!と何かが沈むような音が響いて――魔物の体が溶ける。

 

 死んだ魔物にだけ起こる反応、体が、魔力だか成分だかに溶ける異常な姿。

 

 巨人の死は明白だった。

 

 いつも通りの日常、いつも通りの業務、いつも通りの敵――彼らが『大事件』と語った恐ろしき一週間の始まりは、実に平凡に始まったのだ。

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