「ありがとうございます!」
「いやいや、大変じゃったな。」
「いえ、ヒーローなんで!でも、流石っすね、あんなデカいのにするする近づいて。」
「歴が長いから、5年もやってればいやでもなれるよ――2年目でここまでできたんだから、すぐできるようになるさ。」
「へへっ……」
最後の一体だった巨人の消滅を確認し、近寄ってきた後輩に、七星は苦笑交じりに答える。
実際、2年目でこれなら大したものだ――動き自体は単調なギガンテスだが、その力たるや、想像を絶する、ミサイルすら受けとめて投げ返すと謳われる剛力は伊達ではない。
パラパラとこちらに向けて携帯を向けている生徒たちに顔をしかめつつ、そろそろ撤収かと考える七星におずおずとした声がかかった。
「あ、そうだ……その、うちの、桜花乱舞のことなんすけど。」
「ああ……どうかしたかね。」
「いえ、その、そっちのおお……あー……ウィンドヴェーラーさんにずいぶんとその……」
歯切れの悪い一言――まあ、言葉にしたくはあるまい、増援の要請をしておいて、喧嘩を売って帰ったとあっては。
「前の怪人の件なら気にせんでいいぞ、あれはまあ、仕方ないだろう、うちの方も言い過ぎた部分はあった。」
あれが明確に間違っていると、七星は思わない、明らかに桜花乱舞は言い過ぎていたし、あのままでは協力も得られなかっただろうとも思う。
だが――同時に、踏み込み過ぎた面がなかったとも思わない。
それは扇も同じだ、もう少しいい方法があったのではないかと彼らは今でも思っている。
「そう言ってもらえると……あの怪人、ほんとに被害者だったんでしょう?」
「らしいな。」
それは夢食の勇者の精神捜査によって明らかになった事実だった。
お気に入りの作家に『自分専用の』同人誌を書いてもらう契約によって動いた勇者が、錯乱する彼の精神の内より探り出された事実によれば、あの男性は、そもそも、あの場所に『何者かに呼び出された』疑いがあった。
「携帯の履歴は消されてたが、過去視の魔術だかで探ったら、あの場所に呼び出された記録が残ってたらしいな。」
「はい、相手が誰かは捜査中ですけど……それがわかってから、週刊誌がやたらうるさくて。そっちにも、迷惑掛かってますよね。」
どうやら、あの場に同席していた小松の上司――赤坂猛の隣にいた初老の男が、義憤に駆られて週刊誌に情報をリークしたらしい。
容姿による偏見、決めつけによる暴論、そして横柄な態度。あの日の会議室で行われた桜花乱舞の一連の言動が、今、ネットニュースの格好の的となっていた。
実名こそ伏せられているものの、「某企業に所属する中堅女性ヒーロー」という書き方で、特定はすでに時間の問題だ。いや、SNSの海ではすでに半ば公然の事実として彼女へのバッシングが始まっている。
なお、その場にいた扇が彼女の暴走を完璧に収めた事実は、見事に記事から切り取られ、一切報道されてはいない。マスコミにとっては「醜聞」だけが価値を持つのであって、地味なオタクが場を丸く収めた事実などノイズでしかないのだ。
そしてその飛び火として、特撮班の所属する黒土製薬の広報にも、野次馬や自称正義の味方たちからの問い合わせの電話がひっきりなしに鳴っているという。
現在は天塚が構築した対人応答AIが、無機質かつ完璧な論理でクレーマーを片っ端から論破して追い返しているらしいが、それでも空気の悪さは拭えない。
「正直、あの人の来歴やトラウマは俺らも理解してるんで、同情はしてるんすけどね……」
ブロウラーが重くため息をつく。
ヒーローとして命を懸けて魔物と戦っても、たった一度の感情の綻びが、すべてを黒く塗り潰してしまう。勇者の理不尽に耐え、マスコミの悪意に晒される。
それが、現代における「正義の味方」の泥臭く、どうしようもなく息苦しい現実だった。
だが同時に、『罪人なら何を言ってもいいわけではない』のだ、今、桜花乱舞が受けている仕打ちのように。
たとえ、小松という男が本当に自らの意志で悪魔の薬に手を染めていたのだとしても、それは彼の容姿を愚弄し、確たる証拠もない推論だけで名誉を傷つけていい理由には決してならない。
それは、今まさに桜花乱舞自身が顔も知らぬネットの群衆から受けている容赦のないバッシングと、全く同じ構造だ。正義や義憤という仮面を被った、ただの娯楽としての暴力。それもまた、決して許されていいはずのものではないのだ。
「だからまあ、事務所の人間から見ても『自業自得だろう』って冷ややかな見方が、そこそこあるんすよね」
ブロウラーは力なく肩をすくめた。
魔物から人々を守るために命を懸けている先輩を庇いたい気持ちと、彼女が犯した明確な過ちを擁護しきれないという、組織の人間としての板挟み。その結果、世間からの激しい非難を重く見た上層部により、彼女には一時的な謹慎処分が下されたという。
「で、相手の会社に正式に謝罪に行くってんで、こっちからも声をかけてるんすけど……本人が、まったく会社に出てこなくて」
「……連絡がつかないのか?」
七星は微かに眉をひそめた。
気丈でプライドの高い彼女のことだ。自分の非を認め、赤坂たちに頭を下げるという屈辱から逃げているだけかもしれない。だが、七星の脳裏に、理不尽に相棒を奪われたトラウマで歪みきっていた彼女の危うい瞳がフラッシュバックする。
そのままどこか暗い場所へ、1人で転がり落ちていってしまわなければいいが。
「そうなんすよ。それで、そっちの黒土製薬さんにもクレームの火の粉が飛んでるって聞いて、せめて俺からだけでも謝っとけって、上からお達しがありまして……」
「いいよ、気にするな。うちは気にしてない」
七星は、ヘルメットの下で気さくに笑って手を振った。
「ならよかったです……あ、っと、このあとの事後処理は……?」
ブロウラーが、魔物が消滅した跡地に残された陥没痕や、遠巻きに見ている警察車両の方へ視線を向ける。
「俺がやってもいいけど、ここはそっちの案件だろ? 下手に俺が手伝うと、管轄だの手柄だので事務方がごちゃつかねぇか?」
ヒーロー業界もまた、結局は資本主義と縄張り意識で回っている会社組織だ。
他社の案件に過剰に介入することは、時として不要なトラブルを生む。七星の言葉は、業界を長く生き抜いてきたベテランならではの気遣いだった。
「ですよねー……。うっし、あとは俺が責任持ってやります。頑張ります!」
ブロウラーはパシッと両頬を叩いて気合を入れ直すと、深く一礼をした。
「おう、怪我には気をつけてな」
七星は、若きヒーローの頼もしい背中に軽く手を上げて応え、踵を返す。
サイレンの音が近づき、日常を取り戻しつつあるキャンパスの風景を背に、銀色の超人は誰に気付かれることもなく、静かに帰路に就いた。
『――連絡がとれねぇってのは、ちょっとまずいかもな。』
そんな内心は誰にも悟られずに空気に消えた。