すり鉢状に囲む傍聴席には、各省庁のトップや有識者、そして選別された報道機関のカメラが並ぶ。だが、彼らを取り巻く空気は、単なる政治的な緊張感を遥かに通り越していた。
彼らのさらに内側――最も危険な最前列には、政府の要請を『快く』受け入れ招集された数名の『勇者』たち、そして歴戦のプロヒーローたちが、いつでもその超常の力を解放できるよう、ギリギリの殺気を放ちながら立ち塞がっていた。
万が一、標的が暴走した際に即座に空間ごと圧殺できるよう、魔力を練り上げる勇者たちの威圧感が、ホール内の空気を重く、息苦しくさせている。
その厳重極まりない監視の網の中心。
証言台に据えられているのは、民間企業の「技術協力」によって持ち込まれたという、分厚い円筒形の隔離カプセルだった。
内部に揺蕩う、不気味な羊水のような液体の中に浮かんでいたのは、右半分がどす黒く炭化した、精巧な人形のような女の「顔の半分」だった。
雷に焼かれた痛々しい残骸でありながら、残された左半分の顔には、この張り詰めた空間を嘲笑うかのような、完璧で隙のない営業スマイルが貼り付いている。
「――静粛に。これより、捕獲された未確認高次元生命体に対する、公式な質疑応答を開始する」
マイクを通した政府特別査問委員長の渋い声が、ビリビリと議場に響いた。威厳を保とうと張られた声だったが、その語尾は僅かに掠れている。
「我々人類は、貴存在を当次元に対する重大な脅威と認定している。まずは、あなたの口から直接説明を求めたい。我が世界において、一般市民に違法な薬物を散布し、彼らを異形の怪物……『怪人』へと変異させた目的は何だ。これは明確なテロリズムであり、人類に対する宣戦布告と受け取って相違ないか」
張り詰めた沈黙。カプセルの中の液体が、コポ……と微かな泡を立てた。
ディーラーの口は動かない。しかし次の瞬間、防音壁も隔離シールドも無視して、議場にいるすべての者の脳髄に、直接、甘く滑らかな女の声が響き渡った。
『テロリズム……宣戦布告。それはまた、随分と野蛮で、我々の企業理念を損なう評価ですね、委員長様』
鼓膜を通さず、脳のシナプスを直接撫で回されるような感覚。議員たちが次々と顔をしかめ、こめかみを押さえる。
『我々は常に、お客様の幸福を第一に考えて行動しております。理不尽な暴力に虐げられ、権力に踏みにじられ、己の無力さに涙を流す方々へ、自らの手で運命を切り拓くための【解決策】をご提供したに過ぎません。それを犯罪と呼ぶのは、いささか我々の善意を軽んじるものではないでしょうか』
「詭弁を弄するな! 現にその『解決策』とやらを口にした者たちは理性を失い、周囲に危害を加える化け物へと成り果てているではないか!
あれのどこが救済だと言うのだ!」
別の委員がたまらず立ち上がり、マイクを握りしめて怒鳴りつけた。
『化け物、ですか。それはあくまで、あなた方の狭い三次元的な視座に基づく、一時的な副作用の評価に過ぎませんよ』
カプセルの中で浮かぶ左眼が、三日月の形に細められた。その瞳の奥には、人間という種族への根源的な理解の断絶が、冷たい光となって宿っている。
『彼らは、あなた方の社会が作り出した不条理なルールから解放され、より高次な存在へと至るための【羽化】の途中にあっただけです。多少の痛みを伴うのは成長の証。我々から見れば、あなた方が恐れる「勇者」という名の理不尽な特権階級こそが、この世界を蝕む重篤な【病】なのですから』
ディーラーの声が、議場全体を包み込むように反響する。
『考えてもみてください。ごく一部の人間だけが強大な力を持ち、他者を蹂躙する。だから悲劇が起こる。ならば、すべての人類が平等に力を得れば、病は「平常」になり、世界は平定される。我々はそのお手伝いをしているだけなのです』
「人類すべてを化け物に変えることが救済だと本気で言っているのか……!?」
『ええ、もちろんですとも。我々はすばらしい【理想のモデル】を見つけたのです。自らの意志で強大な力を律し、他者を慈しみ、決して力に溺れない……そんな完璧な精神の極致へと至った【最初の方】を。我々は、全人類をあの方と同じ高みに引き上げたい。それが叶えば、勇者という病は完全に根絶されるのですから』
その言葉に、議場は深い氷の底に沈んだように静まり返った。
フラッシュの光が、ディーラーの炭化した右半身をグロテスクに照らし出す。その異常な姿と、彼女の語る「救済」のギャップが、聴衆の精神をゴリゴリと削っていく。
彼女は、本気で言っているのだ。
人類を救うために、人類の形を根底から作り変える。数百万、数千万がその過程で狂い死のうとも、それは「より良い商品を生み出すための必要経費」でしかない。
人間としての生死観、痛み、悲しみ、尊厳。そういったものが全く通じない、純度百パーセントの「善意」による破壊計画。
『我々の商品が、まだ皆様のご期待に沿える性能に達していないことには、忸怩たる思いがあります。ですが、このアンケート結果は重く受け止め、必ずや皆様にご満足いただける【次世代の救済】をお届けすることをお約束いたしますわ』
にっこりと。
隔離カプセルの奥で、半分だけの顔が完璧な営業スマイルを浮かべた。
対話など、最初から成立していなかったのだ。
議場にいる誰もが、自分たちが相対しているものが「交渉可能な知的生命体」ではなく、人間の倫理観が一切通じない、圧倒的で傲慢な「天災」そのものであることを、文字通り骨の髄まで理解させられていた。
だからだろうか、誰も、その女の動きに気が付けなかったのは。
妖霊から見て右から四番目、フードで顔を隠していた『切断の勇者』と呼ばれていたその影が、ゆらりと動いた。
「――ごめんなさいね、あんたが悪いわけでもないんだろうけど、邪魔なのよ」
はらりとフードが落ち、切断の勇者――と