特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第212話:議場での衝突

 金属と金属がぶつかり合うような音は鳴らなかった。

 

 代わりに議場に響いたのは、極限まで圧縮された大気が悲鳴を上げるような、鈍く重い衝撃音だった。

 

 触れるものすべてを腐敗させる紫の凶刃は、隔離カプセルの表面を削り取る数ミリ手前で、完全にその運動を停止していた。

 

 乱舞の刀身を受け止めていたのは――いや、「触れて」すらいない。

 

 刀の軌道上に差し出された、筋膜が結晶化したような光沢を持つ生体装甲の腕、銀のそれが、刃を止めている。

 

 乱舞が血走った瞳を驚愕に見開く。

 

 彼女の目の前に立ちはだかるのは、人間ではない。

 

 全身に血管のような発光線状の器官を這わせ、脊椎から漏れ出す星の瞬きのような光が、不気味に議場を照らしている。金属的な輝きを放つ無機質な瞳。

 

「――出たわね、化け物」

 

「ご挨拶だな、人様巻き込んどいて誰も止めに来ないってのはさすがに虫が良すぎるんじゃないか?」

 

 刀を振りぬこうとしているのだろう、プルプルと震えるその腕を徐々に上にスライドさせる彼女に合わせ、謎の生物――七星はゆっくりと腕を持ち上げていく。

 

 刀に宿る紫の光に、彼の感覚が悲鳴を上げている――なるほど、これはまたずいぶんと面倒な力だ。

 

『見るだけで、精神にダメージが出る光……『見た物の心すら侵す毒性がある光』ってか?』

 

 見れば、何人かの議員は泡を吹いている――彼の超人的な聴覚が心音と呼気を感じ取っているがゆえ、生きてはいるのだろうが、それだけだ。

 

 乱舞が纏う紫の瘴気は、もはや単なる物理的な腐食に留まらない。高次元生命体である妖霊の悪意が、三次元の空間を歪め、視覚という生体反応を通して直接人間の「恐怖」や「絶望」を強制的に引き出しているのだ。

 

 常人であれば、その刃の輝きを目にした瞬間に自我が崩壊し、廃人になってもおかしくない。

 

 だが、七星一也は常人ではない。

 

 全ての腐乱から解き放たれしアージュニャーのチャクラが、その体を守り、一部の隙も与えずに体を保護している。

 

「私を止めに来た? 違うわね。あんたらも、自分たちだけの特権を奪われるのが怖くなったんでしょ!」

 

 乱舞が血走った瞳を見開く。

 

 彼女の筋肉が、妖霊の加護によってミシミシと異常な膨張を始めた。限界を超えた魔力の過剰供給が、彼女の腕の毛細血管を紫黒色に染め上げていく。

 

「誰にも理解されない力を隠し持って、私たちみたいな『普通の人間』がもがいてるのを、高いところから見下して笑ってたんでしょ!? だから、私が平等にしてあげるって言ってるのよ!!」

 

 理性を失った絶叫と共に、乱舞が再び刀を振り下ろそうと全体重を乗せる。

 

 その瞬間、七星はその鎧のごとき腕で受け止めていた刃の軌道を、あえてわずかに「ずらした」。

 

 ジリッ、と。

 

 刃が七星の生体装甲の表面を滑り、火花と紫の毒煙を散らしながら大理石の床へと叩きつけられる。

 

 瞬間、刃が翻り、即座に七星の顔面を狙って刃が奔る。

 

 床を切り裂き、体を縦回転させて天頂から放たれる振り下ろしの一撃――およそ、人間に触れる事さえかなわない斬撃。

 

 あたかも音のごとく速い――いや、実際、音を超えた速度で放たれる斬撃に、しかし、七星は慌てた様子もなしに動く。

 

 膝から力が抜け、体の位置が変わる――抜けた力の分、膝が地面に沈み、刃と頭部の境に空隙が生まれる。

 

「――っち!」

 

 その間隙によって生まれた微細な隙に、両の手が斬撃をつかみ取る――白刃取り。

 

 講談にて生まれた本来人間には扱えぬはずの妙技は、しかし、七星一也によって、この世に生を受けたのだ。

 

 舌打ち一つ、刀を両側に振る――狙いは、妖霊ではない。

 

「―――ひぃい!」

 

「助けて……! くるな、くるなぁ!!」

 

 頭を抱え、情けない悲鳴を上げてその場に蹲ったのは、ひな壇の奥に陣取っていた政府の重鎮たちだった。

 

 放り投げられた乱舞の身体が、紫の瘴気を引き摺りながら彼らの頭上へと迫る。

 

 その力が何か、その紫色に輝く光が何を意味するのか、凡夫である彼らに正しく理解できるはずもない。

 

 だが、その光を目にした瞬間に脳髄を駆け巡る「死」と「腐敗」の予感、そして、生物としての根源的な拒絶反応が、彼らの理性を瞬時に焼き切っていた。

 

 あれに触れれば、決して素晴らしい結末など迎えられない。

 

 ただ、惨めに、無惨に、魂ごと腐り落ちるのみ。その絶対的な恐怖が、権力に胡坐をかいていた老人たちを、ただの震える肉塊へと変えていた。

 

 触れれば絶対死の病毒が迫る――が、その毒素が、重鎮たちに降りかかることはなかった。

 

 何かが、何かが空中で毒素の霧を止めている。

 

 それは目に見えない「防波堤」だった。

 

 紫色の瘴気が重鎮たちの鼻先数センチの空間で激しくのたうち、何かに阻まれてジュウジュウと不快な音を立てて霧散していく。大気が高熱に晒されたように陽炎を上げ、空間そのものが波打つ歪みがそこにはあった。

 

 顔をしかめる――どうにも、分が悪い。

 

「――ま、こんだけ暴れれば、契約違反ってことにもならないでしょう」

 

 言いざま、桜花乱舞の姿が消えた、瞬間移動――勇者の御業。

 

 一瞬の空白、ついで――

 

「動くな!」

 

 ――静止の声。

 

 見れば周囲にいた勇者たちが、武器を向けていた。

 

 鼻を鳴らす――どうやら、招かれていないのはこちらも同じらしい。

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