「――皆さまどうもこんにちは、本日はお日柄もよく……よく……あー……天気がいい」
夜空の深淵をその身に湛えた瑠璃色の異形――扇雄介が、大理石の破片が散らばる議場の中心で、深々と、そしてあまりにも「人間らしく」頭を下げた。
静寂。
それは、パニックによる絶叫さえも物理的に凍りつかせるほどの、異様な沈黙だった。
誰一人として、動けない。
最前列で大剣を構えていた『閃槍の勇者』も、椅子に深々とめり込まされたまま白目を剥いている『雷迅の勇者』も。そして、数秒前まで「バケモノを殺せ」と叫んでいた官僚や報道陣までもが、自らの理解を絶する光景を前に、呼吸 of の仕方さえ忘れたかのように硬直していた。
赤い肌でも、天を突く角でもない。
異世界から現れる『魔王』や『魔人』とは、明らかに姿が異なる。
にもかかわらず、その存在感は魔王以上に絶対的で、底知れぬ威圧感を放っていた。
一切の虚飾を脱ぎ捨て、多面体状の結晶瞳を怪しく光らせる青い皮膚の怪物。
だが、その口から漏れる言葉は、どこにでもいる冴えないサラリーマンが、取引先の受付で発するような、気の抜けた挨拶。
その決定的な「ズレ」が、かえって聴衆の恐怖を限界まで引き上げていた。
魔王であれば、まだ理解できる。「敵」として認識し、恐怖を怒りに変換することもできる。
だが、目の前の青い異形は、化け物の姿で人語を解し、あまつさえ人間社会の礼儀作法を模倣している。その事実が、彼らの「人類としての常識」を根底から揺さぶり、本能的な拒絶反応を加速させる。
「そちらの雷迅の勇者様からご紹介のあった通り、設楽天京をとらえたのは僕らだ――彼の罪状は、皆さんとっくにご存じのことと思うが」
扇雄介――夜空 of の青を湛えた『人の原質』は、中空に漂ったまま、多面体状の結晶瞳を僅かに動かしてそう告げた。
彼の声は、機能停止したスピーカーを震わせたのではない。議場にいる数百人の脳髄に、直接、おそろしくフラットな質感で届く念話だった。
その場にいる全員が、自分の心音が激しく跳ね上がる音を聞いていた。
「……そう、か。あの『築造の勇者』が力を失い、ただの抜け殻となって警察に引き渡されたあの一件……。やはり、裏で奴の加護を奪い去った『制圧者』は、お前たち、そのような化け物の正体だったというのか……! 我々は別の勇者による私闘だと思っていたが、まさか、それをやったのがお前たちだとは……!」
彼の声は、マイクのハウリング音を伴って激しく震えていた。
国や警察にとって、設楽天京の逮捕は「何者かによって力を奪われた勇者を、警察がただ事後処理として身柄を拘束した」という、原因不明の事象に過ぎなかった。警察に勇者を制圧する力などないことは、この場の誰もが知る前提だ。
その裏で糸を引いていたのが、いま目の前に立ちはだかる、一切の衣服を纏わぬ三体の異形。
彼らにとって、それは魔王の降臨よりも恐ろしい「絶対的な力」の証明に他ならなかった。国家が、勇者たちが、あの少年を制御できずにいたその裏で、この怪物たちが彼をゴミのように処理していたのだから。
「そうだ――誰もやってくれないんで、自分達でやることにした」
「……?まて、つまり……お前たちは――人間なのか?」
議員の誰かが、思わずと言った風情でつぶやいた。
その問いに、三体の異形は直接的には答えない。ただ、多面体の結晶瞳が、金属的な輝きを放つ眼差しが、脈動する光の球が、沈黙をもって肯定とも否定ともつかない圧力を返していた。
彼らはかつて人間だった。だが、もう人間という枠組みには収まらない。その境目を二十年という狂気的な研鑽によって自ら踏み越え、一切の虚飾を削ぎ落とした彼らにとって、その問いはあまりにも意味を成さないものだった。
「ふざけるなッ! 化け物が、人間を騙って俺たちを愚弄する気か!」
「そうかもしれんし、そうではないかもしれん――が、勇者諸兄はとっくにご存じだろう?僕らに魔力が流れてないことは」
その一言に、議員の視線が勇者に向けられた――実際、それは、彼らにとってありえない事実を示すのだから。
魔力を感知する機械装置は作られていない、それは以前より幾度となく語られてきたことだ、だが、逆に『勇者が魔力を感知できない』とは言われていない。
「……うs――」
「――本当だ」
口を開こうとした雷迅の勇者に先んじて、閃槍の勇者が口を開いた。
「――テメェ!」
「ここで嘘を言って何になる!こいつらの言うことは本当だ、こいつらは魔力がない――魔物ではない!」
断言する――その一言に、周囲にどよめきが走る。
魔力を持たぬ超自然の存在、それはつまり――彼らが、勇者でも魔物でもない事の証明にほかならない。
だとすれば――
「まさか――本当に?」
「――人間、なのか……?」
――どよめきが、広がった。