「――魔力とは一体何なのだ?」
「この次元には存在しませんが、別次元――我々の領域である成分界に属する力です」
「それは加護抜きでは使えないのか?」
「扱う肉体器官が存在しませんので……」
「では、勇者は人間ではないのか?」
「いえいえまさか! 彼らは加護によって肉体器官を代替しているのですよ」
侃々諤々の会議は続く。
一見すると不可思議なこの状態は、しかし、それでも不可思議な安定を保っていた。
その奇妙な膠着状態の要因は、他でもない議場の中央に陣取る三体の異形たちにあった。
彼らが無言で放つ、空間そのものを圧迫するような超常のプレッシャー。それが絶対的な防壁となり、真実を知らされて暴走しかけた勇者たちの身体を完全に金縛りにしているのだ。
本来であれば、法を超越した特権階級の逆鱗に触れた時点で、この公聴会など血の海に沈んで終わっていたはずである。だが、素性不明の怪物たちが放つ「圧倒的な抑止力」のおかげで、皮肉にも人間社会の「言論の場」は機能し続けていた。
「では、HADの流通にかかわった件に議題を移す。なぜあのようなものを世間に?」
『治療のためですよ』
隔離カプセル内の生首は、まるで慈善事業の成果を誇るような、晴れやかな声音で即答した。
『勇者という特権階級が生み出す、圧倒的な力の不均衡。少数の強者が多数の弱者を搾取し、社会構造がいびつに歪んでいく現象。我々はそれを、この次元における「重篤な病」と診断いたしました』
「……治療だと? ふざけるな。あれは人間を理性のない怪人に変異させる劇薬だ! 現に、摂取した者たちが次々と暴走し、街を破壊しているではないか!」
『ええ、適合できなかった方々には不幸な副作用が出ているようですね。大変遺憾に思います』
妖霊の顔には、一ミリの痛痒も感じていない空虚な申し訳なさが貼り付いている。
『ですが、それはあくまで移行期間における一時的な好転反応に過ぎません。我々の真の目的は、全人類の霊的な底上げです。少数の特権階級に依存するのではなく、全ての人間に等しく「加護」の力を分配し、全員を我々の推奨する【理想のモデル】へとアップデートする。誰もが等しく強者となれば、そこに搾取も争いも生まれません。完全な平等が訪れるのですから』
「全員を、勇者にするだと……?」
尋問席の議員が、あまりの論理の飛躍に言葉を失う。
「そんなことをすれば、社会は崩壊する! 全員が超常の力を持てば、法も秩序も機能しなくなることすら分からないのか!」
『おや、それは妙な言説ですね。皆様も、勇者の力を欲したはずではありませんか――ねえ、イラン・アウラヒム様、お薬、お届けできなくて申し訳ありませんね?』
名指しされた初老の議員――イラン・アウラヒムの顔面から、一瞬にして血の気が引いた。
周囲の議員たちや報道陣の視線が一斉に彼へと突き刺さる。
「な、なんの事だ! 私はそんな怪しい薬など――」
『おや? 以前「どんな対価を払ってでも自分だけは適合する完全なH.A.Dを手に入れたい」と強くご要望いただいたではありませんか。我々としても、有力者たるイラン様のご期待に沿うべく特注品をご用意していたのですが……生憎、こちら側のトラブルで流通が滞ってしまいまして。誠に申し訳ございません』
悪意など微塵もない、心からの謝罪。
だが、その無邪気な顧客対応は、イラン議員の政治生命――いや、社会的生命を完全に絶ち切る猛毒だった。
公聴会という全世界が注目する舞台で、法と秩序を声高に叫んでいた権力者自身が、他でもないH.A.Dの密買者であったことが暴露されたのだ。
「ち、違う! 罠だ、これは私を陥れるための――」
イラン議員が立ち上がり、必死に弁明しようと喚き散らす。だが、周囲の議員たちは汚物でも見るような目で彼から一斉に距離を置いていた。
しかし、恐ろしいのはそれだけではない。
イランを軽蔑する彼らの瞳の奥底にもまた、見透かされることへの強い恐怖が揺らめいていたからだ。
権力者たちの中には、イラン以外にも不老不死や超常の力を求め、水面下でH.A.Dに手を伸ばそうとしていた者が少なからず存在していた。妖霊が次に誰の名前を口にするか分からないという恐怖が、議場全体を疑心暗鬼の沼へと引きずり込んでいく。
『――と、このように、皆様お求めでしょう? 勇者という病への特効薬が』
その言葉は、議場に集まった人間たちの倫理と建前を、完膚なきまでに叩き割った。
表向きは「社会を崩壊させる危険な薬物」と非難しながら、彼らの本音は単なる『嫉妬』と『渇望』に過ぎない。自分たちを頭ごなしに支配する勇者たちへの劣等感。そして、己もその力を手に入れたいという浅ましい欲望。それを、高次元の怪物に完全に見透かされていたのだ。
『一部の者に力が偏るから、病となる。ならば、全人類に均等に処方すればよい。皆様が我々の薬をお求めになるのは、それが本能的に正しい「進化」であると理解されているからです。誰かを犠牲にして少数の英雄を奉る時代は、もう終わりにするべきなのです』