「そう言われてしまうと、困ってしまいますね……」
「仕方がないだろう?こちらにはすでにH.A.Dの影響で苦しんでいる人間の実例がある――失礼、少々、プロジェクターを使わせて下さい。」
言いざま、彼は係員らしき人間に何やら指示を出し、妖霊の背後のスクリーンにいくつかの映像を映し出す。
そこに映るのは――怪人01~05に至るまでの複数の怪人の看護記録だ。
「これは、我が国の協力企業によって行われた怪人化した人間への聞き取り調査、並びに、その治療の様子になります、見てもらえばわかる通り、怪人たちの精神状態は皆一様に異常と呼べるものであり――」
朗々と、議員の男の口から言葉があふれる。
『すっごい演技派。』
『昨日聞いたのに、この答弁用意したんですかね?』
『そうなんじゃね?さすがに社長の旦那よな。』
真面目腐った表情で泰然と妖霊を囲む三人の内心の感嘆は、すり鉢状の議席に座り、何処か超然とした様子でそこに立つ男に向けられている。
彼らが勤める――その割に、成果を上げているのは、天塚だけのような気もするが――黒土製薬のトップたる黒土未来の夫であり、同時に、防衛相の『あんまり名前が言えないタイプ』の官僚でもある彼は、その経歴に等しい程度には、後ろ暗く、そして、あの家の人間らしく家族を愛していた。
『よく信じましたよねぇ、自分の妻と娘に言われたとはいっても僕らのこと。』
『まあ、なんか疑って調べは走らせたらしいけどな。』
『まあ、実家に迷惑掛からんのなら別に何調べられてもいいし……勇者にばれないかだけは心配だったけど、ちゃんと隠し通してるっぽいし。』
だからだろう、自分達の『計画』に乗ってくれているのは。
そう、彼らが、ここに出てきたのは、ひとえに桜花乱舞を止めるため――
無論、あの女が、なぜだかわからない――いや、よそうはつくが――勇者の力を持って、ここに来ることが予知の結果わかった時点で、この場に来ることは確定した。
が、同時に、彼らには彼らなりの計画があったのだ―――薬の使用を社会的に禁止させる目論見が。
ディーラーの妖霊をとらえて、すでにいくばくかの時が流れた、その間、新たにH.A.Dを継続作成していると思われる動きはない。
あの腐毒の妖霊の話が正しいのなら、おそらくは、ほかの妖霊たちはそれぞれの『計画』に基づき、この世界を救おうと躍起になっているのだろう、ゆえに、現状新たな薬は確認できない。
が、同時に、根絶もできていないのだ。
この前の小松何某の怪人化案件、警察発表で正式に彼が被害者と認定され、極秘裏に怪人化を解く薬品を投与されて現在も経過観察中である、彼のその事件がそれを確信させた。
これまで、扇達はこの薬品を『可能な限り秘匿する』方向性で話を進めて来た――勇者への恨みから薬品に手を出す人間を減らすための措置だ。
正直に言って、勇者の中で他人に恨まれていない個人はかなり少ないといっていい。
それは、正当な恨みの時もあったし、逆恨みのこともあったが――いずれにせよ、勇者は他人に危害を加える危険人物であると同時に目の敵にされうる目立つ存在でもあるのだ。
それらの恨み――あるいは逆恨み――によって薬品の被害者を出さぬため、薬の危険性のみを知らしめて、詳細な効果や実例を出さぬように、彼らは努めて来た。
が――事ここに至っては、それでは足りない。もっと、身近な脅威として『世情が』薬の危険性を把握する必要があるのだ。
そのための大演説だった。
無論、薬の力をありありと見せて、いらぬ興味を買うリスクはあった。粋がった若者が、よく考えもせずに薬を買って道を踏み外す話など、勇者帰還前からありふれた話だ。
が、流通量が減ったことにより、事情が変わった。
粋がった若者が薬を手に入れられるほど現状、薬の流通量がなく、金持ちは自分の利益を減らしたくない。
怪人化が魅力的に見えるのは『自分の意思で勇者のごとき力が扱えるから』だ、言ってしまえば『勇者の力だけが』皆ほしいのである。
怪人化によって正気を保てないという情報だけでなく『実例』が出てくることで、彼らに二の足を踏ませる。
そのために、この公聴会は仕組まれたのだ――天塚新によって。
『で、どうなん?効いてんのこれ。』
『……まあ、ほどほどに効いてそう。』
『正常性バイアスってやつがありますからねぇ、自分のこととして受け取れる人間は少ないでしょうけど、それでも牽制になるのならそれでいいんですよ。』
0にする必要はないのだ――100が90になるだけで、事はずっと簡単になるのだから。
『だからもうちょっとがんばってほしいところですね!』
『今もいっぱいいっぱいじゃけどねあの人。』
『あんまきぃつよくないらしいもんな……』
すり鉢状の議席に座る人間たちからは見えないが、超人的な視力を持つ三体の異形たちには、議場の中央に立つ幸太郎の細かな挙動が克明に捉えられていた。
朗々と原稿を読み上げる堂々とした声とは裏腹に、分厚いファイルを握る彼の手の甲にはうっすらと脂汗が浮かび、紙をめくる指先は微かに震えている。背筋を伸ばし、一切 of の隙がないように見えるその横顔も、よく見れば瞬きの回数がかすかに多く、ネクタイの結び目の上で喉仏が何度も上下していた。
『――頑張ってもらいたいところですね!』
『お前時々S入るよな。』
『後で灯に怒られても僕知らんぞ。』