特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

221 / 221
第221話:精一杯の力で

「お父さん、すごかったね」

 

「えへへ……はい、頑張ったっていってました」

 

 向かい合わせの席に座る若い男――赤坂猛に対して、黒土御影は月明かりのように白い髪を揺らしながら、普段とは全く異なる柔らかな笑みを浮かべていた。

 

 ここはお昼時の喧騒から少し外れた、落ち着いた雰囲気の純喫茶である。カラン、と涼しげな音を立てるアイスティーを前に、御影は年相応の、いや、それ以上に無邪気で愛らしい顔を覗かせていた。

 

 ゆかりや御影たちにとって従兄にあたる赤坂は、幼い頃から何かと一緒に遊んでくれた自慢の兄であり、御影の世界を構成する数少ない『大切な家族』の一人だった。

 

 普段、家族以外の人間に対しては恐ろしいほど希薄な感情しか持たず、他者の生死にすら何の関心も抱かない彼女だが、身内である彼に向ける親愛の情は絶対的なものだ。

 

つい昨日、彼が突然婚約者を連れて実家に顔を出した時も、最初は驚きこそしたものの、大好きな兄の新たな門出を心から祝福していた――と本人は思っている、思い込もうとしている。

 

「お父さん、昨日の公式公聴会の対応ですごく忙しそうだったから……でも、テレビで見ててかっこよかったです。お兄ちゃんも仕事忙しいのに、わざわざ時間作ってくれてありがとう」

 

「いや、いいんだ。僕も御影ちゃんの顔が見たいと思ってたからね。それに……食事会では、ゆかりと少し気まずい空気になっちゃったから」

 

 赤坂が苦笑交じりに視線を落とすと、御影も「あー……」と少しだけ困ったように眉尻を下げた。

 

 昨晩の黒土家での夕食会。久々に集まった親族の和やかな場で、赤坂はゆかりに対して、ある苦言を呈した。それが原因で、空気がひどく冷え込んでしまったのだ。

 

「お姉ちゃん、途中で怒って帰っちゃったから……でも、お兄ちゃんのこと嫌いになったわけじゃないと思うんですけど」

 

「わかってる。ゆかりが怒るのも無理はないさ。久々に会った従兄から、いきなりあんなことを言われたらね」

 

 赤坂は真剣な眼差しを上げ、まっすぐに御影の白い瞳を見つめた。  

 

 彼の目には、純粋な善意と、大切な身内を心底から案じる深い焦燥が宿っていた。

 

「でもね、御影。僕は本気でゆかりのことを心配しているんだ……あの『扇雄介』という男のことは、君も知っているだろう?」

 

 その名前が出た瞬間、御影の柔らかな笑顔が、ほんのわずかに――コンマ数秒だけ、ピクリと硬直した。

 

 扇雄介。白雲ゆかりが愛する婚約者であり、かつて五歳の時に凄惨な手段で魔物を屠ったことで、赤坂たち親族から蛇蝎のごとく嫌悪されている男。

 

 そして同時に、特撮班に身を置く御影にとっては、誰よりも頼りになる『先輩』であり、彼女の小さな世界において、すでに『家族の枠組み』に組み込まれつつある大切な存在でもあった。

 

「……雄介先輩、ですか」

 

「先輩……ああ、君も同じ部署にいるから、彼のことは職場の人間として見ているんだったね」

 

 赤坂は深く息を吐き出し、テーブルの上で両手を強く組んだ。その手には、じっとりと冷たい汗が滲んでいる。

 

「僕は反対なんだ。あんな……いつ暴走するかもわからない、得体の知れない危険な人間に、ゆかりを任せるわけにはいかない。君も親戚の集まりで聞いているだろう? あの男が五歳の時、血みどろになりながら魔物を執拗に殴り殺したという異常な話を。ゆかりの両親が彼を忌み嫌うのも無理はない。あいつは普通の人間じゃないんだ」

 

 彼の言葉に嘘や打算は一切ない。ただ純粋に、自分が慈しんできた『家族』を、親族間で不気味な怪物として語り継がれる男から守りたいという、まっすぐな正義感だけで動いている。

 

 だからこそ、彼は御影を呼び出したのだ。ゆかりの可愛い妹分であり、すぐ近くで働いている御影から、あの男の危険性を証言してもらい、共にゆかりを説得する手助けをしてほしいと。

 

「お願いだ、御影。君からもゆかりに言ってやってくれないか? あの男から離れるべきだ、目を覚ませって。君もあの部署にいるなら、彼の狂った部分を少なからず見ているはずだ。このままじゃ、ゆかりが不幸になる」

 

 御影はゆったりと、こてんと首を傾げた。

 

 彼女の頭の中で、恐ろしく冷え切った思考が巡り始める。

 

 彼女の小さな世界は、「愛する身内」と「それ以外の無価値な背景」だけで構成されている。

 

 目の前に座る赤坂は、その世界を構成する大切な住人の一人だ。白雲ゆかりも当然、誰より愛すべき姉としてそこにいる。

 

 今、その大切な身内同士が、たった一人の外部の人間を巡って決定的な亀裂を生み出そうとしている。赤坂の言葉通りにゆかりが扇から離れることは絶対にない。ゆかりのあの男への執着は病的なものだ。

 

 となれば、赤坂とゆかりの断絶は免れない。最悪の場合、赤坂という存在が黒土家の親類縁者から距離を置き、永遠に離れていってしまうだろう。

 

 だから、扇雄介には消えてもらうべきだ――その、はずだ。

 

 そのはずなのに。

 

「……その、ね、お兄ちゃん?」

 

「何だい?」

 

「……そ、の、ね……えーっと……」

 

 唇が張り付く、喉の奥で言葉がへばりつき、まるで動きもしない。

 

 それでも、彼女は精一杯の力で、唇を開いた。

 

「それは、お姉ちゃんのしてほしい事じゃ、ない、と、思うの。」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

押し入れの向こうは異世界でした(作者:Brooks)(オリジナル現代/コメディ)

▼練馬区江古田の古いアパートで一人暮らしをする女子大生・篠原澪は、友達の少ないボッチ気質の二十歳。趣味は彫金とギター。貯金は十万円ほどしかなく、大学、家賃、生活費に追われながら、六畳一間で静かに暮らしていた。▼ある日、小さな地震のあと、部屋の押入れの向こうが異世界の市場につながる。▼幸い、言葉は通じた。澪は恐る恐る異世界へ足を踏み入れ、手元にあった爪切りを売…


総合評価:151/評価:-.--/連載:264話/更新日時:2026年08月13日(木) 08:53 小説情報

ドールマスターヒロシ(作者:我島甲太郎)(オリジナルSF/冒険・バトル)

人形使いは木製のマネキン人形を召喚して戦わせる職業だ。▼ゴーレムより脆く、精霊よりも火力がない木偶人形にも一つだけ利点があった。▼それはレベルを上げていけば、人間並みの知能を得られるということ。▼――なら、人工声帯とオナホ仕込んで嫁にするしかないよね。▼そんな性欲に脳を犯された猿どものせいで風評被害に塗れたとある人形使いの少年は、ある日に飛び降り自殺を図って…


総合評価:2133/評価:8/連載:86話/更新日時:2026年08月12日(水) 18:00 小説情報

【書籍化決定】クラス転移したけど俺だけステータス表記が違った(作者:星野林(旧ゆっくり霊沙))(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

学校で進路を悩んでいた斎藤隆史(サイトウ タカシ)はクラスに馴染めずに居た。▼そんな最中、突如異世界にクラスごと召喚もとい拉致され、魔王と戦えと言われる。▼そして各自に役職と能力が付与されているからとステータスを開くように言われてステータス画面を見ると……皆が普通のRPG表記なのに、俺だけポケ◯ンみたいにレベル形式だし、技ってのが見える。▼そして始まる異世界…


総合評価:2911/評価:8.03/完結:95話/更新日時:2026年08月06日(木) 10:50 小説情報

Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~(作者:えだのあ)(オリジナル現代/冒険・バトル)

「お前のスキル、戦闘の役には立たないんだよ。荷物持ちはクビだ」▼Fランク探索者の俺、相馬 透(そうま とおる)は、パーティを追放された。▼俺のスキルは『真贋鑑定』。アイテムの名前と詳細がわかるだけの、地味なスキル……のはずだった。▼失意の中、ダンジョンの廃棄物置き場で拾った「サビだらけの剣」。▼俺のスキルが告げた真実は――【聖剣エクスカリバー(封印状態):推…


総合評価:469/評価:6.48/連載:112話/更新日時:2026年08月12日(水) 18:30 小説情報

とにかく曇る天才女優の幼馴染!(作者:サニキ リオ)(オリジナル現代/恋愛)

 俺は、幼馴染の天才女優の背中を追いかけていた。▼ 彼女の名前は、羽田朝香。▼ テレビに映る彼女は完璧で、誰もが憧れる存在だ。▼ そんな朝香は、なぜか俺にだけ厳しかった。「まだまだね」「次、期待してるから」という言葉を、俺は何度も朝香から浴びせられていた。▼ でもきっと、それは朝香が俺に期待してくれている証拠。▼ 小学生のときに告白して、「演技で勝ったら付き…


総合評価:2445/評価:7.61/連載:142話/更新日時:2026年08月13日(木) 08:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>