特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第23話:魔人の失策

「大丈夫だ、大丈夫だぞ、大丈夫だから……」

 

 震える父のコーヒーのにおいのする息を、彼女は今日初めて安心の対象とみなしていた。

 

 体が震える、1軒家で、かなりしっかりと立っているはずの建物が、外の影の移動に合わせて揺れる。

 

 獲物がいないのに苛立っているのか、先ほどから暴れている音が聞こえる――悲鳴は、かろうじて聞こえてこない。

 

 だがそれが、かえって恐ろしさを助長する――何もわからないことが結局最も恐ろしいのだろう。

 

 暗闇を人が恐れる様に、幽霊に恐れを抱くように、人は見えぬ未来に恐れを抱くものだ。

 

 だから――今が、怖くて仕方がない。

 

 どうなるのかがわからないから、この先が、どうなってもおかしくないから。

 

 だから――恐れている。

 

 先ほどの電話のせいで、携帯の電源が切れた、充電を怠ったからだ、自分でも間抜けなことだと思う、父に聞けば、表で魔法陣を見た時、驚きで携帯を落としてしまったらしく、彼も持っていない、母の物は部屋の反対だ。

 

 それに、彼女の携帯電話の番号など覚えていない。

 

 友達ではないのだ、わかっている。

 

 話したことだって片手で数えるほど、普段話している相手だって違う、あくまで、サインをもらうときに話しただけの相手。

 

 それだけの相手のために、来てくれないことはわかっていた。

 

 混乱していたのだ、焦っていた、恐れていて、何をしていいのかわからなくて、だから――つい、他人の彼女に頼ってしまった。

 

 わかっているのだ、自分が虫のいい願いをしているのは、ただ――もう、彼女しか頼れなくて。

 

 ごめんなさいと言ったところで、それが許されるわけではないけど。

 

「……お願いだから助けて。」

 

 そう願ったのと、表が騒がしくなったのは同時だった。

 

 一瞬だけ、カーテンの向こうが昼間のように輝く。

 

 光が収まるまでのいくばくかの時間、彼女と父はその光景を呆然と見ていた。

 

 それが消え去った後、窓の外にうごめいていたはずの影が――消えた。

 

 何が起きたのかはわからない、わからないが――何かが、起きた。

 

 より強い何かが現れたのか、あるいは――

 

「―――あー……うちの高校におるメガネの人ー終わったから出てきてええよー」

 

 そんな、気の抜けた声が、町に響いたのはその数分後だった。

 

 電源の切れた自分の携帯に、何度か電話をかけてかからないから叫んだのだと、彼女はあとで聞いたのだ。

 

 

 

 

 

 

『――灯、救助完了です、もうじき、帰れそうですけど、どうします?』

 

「いらん……あ、いや、御影さん、手ぇ空いたんだっけ。」

 

『空きましたよ、呼びますか。』

 

「よろしく。」

 

 言いながら、扇は目の前の魔人を見つめる――さて、風での加速と蜃気楼による不意打ちを使って相手に一撃ぶち込む卑劣な技(当社比)をぶち込んでみたが――まあ、それぐらいで死ぬような相手ではないことは、すでに承知だ。

 

 現に、屋上の縁で踏みとどまった魔人はつぶれた腕を不快そうに回して――どうももう傷が治ったらしい、化け物め……――大きく胸を開いて見せた。

 

「素晴らしい、大変結構だ、この程度の力で私をここまで追い詰めるとは……それだけに本当に惜しい。」

 

 心からの同情の言葉だった。

 

 人間を蟻としか思わぬこの生物にしては全く異様なほどの高評価――ああ、同じ生物に生まれていれば、いや、同じ世界に生まれていれば……

 

「ここまでの差はつかなかったろうになぁ……」

 

 心から残念そうに、彼は一歩前に出た。

 

 それだけで、3()()()()()()()()()()()()()

 

 ほとんど瞬間移動じみた前進、足を1歩蹴るだけでヒーローが出す全速を優に超える速度での稼働――3人の新型兵装でなければ、今頃首をもぎ取られていただろう速度。

 

 扇の脇腹から血が噴き出す――まずい、内臓に届きかねない。

 

 ギリギリ、視認はできたが回避が間に合わなかった、相変わらず、彼の反応速度は鈍いままだ。

 

 首狙いの一撃を回避した七星に、その一撃から友人をかばう余裕はない――そして、彼を心配している余裕もまた。

 

 とっさに、自身の身を守る加護を最大限発揮し、腕を盾にする。

 

 次の瞬間、体が大きくはじかれた。

 

 速い、圧倒的な速さ、魔人の一撃が、衝撃を分散させる加護とガードの上から彼の体を弾き飛ばしたのだと、気がついた者は本人たちだけだ。

 

 風圧帯が飛び出した七星をかばおうとして止まる――扇の腹部に、魔人の掌が埋まっていた。

 

 掌打による一撃、口から熱いものが漏れた。

 

 反対の手で、天塚が放った光を纏った迎撃の蹴りを受け止め、そのまま地面に。

 

 コンクリートの床が、裂けた。

 

 そのまま、魔人の体が消える――空中にいる七星を狙ったのだ。

 

 未だ空中にいる七星のもとに魔人の拳が迫る――躱せたのは彼が行っている『秘密の特訓』のおかげだ。

 

 脚の筋肉の断裂を無視し、途中で勢いを殺し、手を当てる――もう1回……

 

「――嘯圧」

 

 衡剄。

 

 鋭い一撃が、再び魔人を襲い――

 

「――それは効かないと知っているだろうに。」

 

 そのまま、膝蹴りで体が空中に浮かんだ。

 

 踏ん張りの効かぬ状態で受けた一撃で七星の体が再びコンクリートの床に転がる。

 

「……本当に惜しいなぁ……お前たちが勇者なら、我らが王すらこともなげに殺せたのだろうに……」

 

 心から残念そうに、魔人が倒れ伏した3人に向けて、泰然と悠然と歩み寄る。

 

 実際、この連中は危険だ、()()()()ではこの連中は勇者とつながっているという、もし、勇者が手伝っていれば……自分が死んでいてもおかしくはなかった。

 

「生まれの不幸を呪うがいい。」

 

 ゆっくりと、腰を折る。

 

 腕を伸ばし、七星の首に腕を伸ば――

 

「――――――!?」

 

 せない。

 

 いや、()()()()姿()()()()()()()()()

 

「――やっと効いたな……」

 

「――やっと効いたな……」

 

 小指の先すら動かせぬ硬直の中で、魔人は倒れ伏していたはずの男の声を聴いた。

 

「ジャスト15秒、まあ、いい具合じゃないか?」

 

「ですね、あー、コンクリ固かった。」

 

「まだいいじゃろ、こっち血出てんだけど……?」

 

「すぐ治るでしょ君、『あれ』があるんだから、僕はそういうのないから怪我すると一苦労なんですよ。」

 

 そう言いながら、先ほど倒したはずの男たちの声が耳をたたく。

 

 ――何をされた?

 

「――のか、わからないと言いたげですね、魔人君。」

 

 そう言いながら、薄青色の発光をした男が魔人を覗き込むように見つめる――眼球一つ動かせない。

 

「別に大したことはしてませんよ、あまり細かい原理は……あまり語りすぎると、説明が長いと怒られるので省きますが、あなたたちのような『別次元の生物』だけに効く特殊な麻酔を、先ほどの掌打の際に打ち込んで、僕たち3人の蹴りで活性化しました。」

 

 僕謹製です、ちょっとしたものでしょう?そういって笑う薄青色の英傑に、魔人は怒りと屈辱を抱えて――しかし、何もできぬまま、固まっているほかなかった。

 

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