学校での日々は黒土姉妹にとって決して愉快とはいえない、むしろ、憂鬱な日々である。もとより決して好きなものではなかったが特に勇者となってからの少しピントのずれた日々には辟易している。
元来、彼女たちにとり、この学校という空間は気に入らない場所だ。
人に合わせて笑うのも、あるいは、その場にいない他人を人に合わせて痛罵するのも、彼女たちにはどうにも受け入れがたい――そんな2人にとって、この場所は決して愉快な場所とは言えない。
言えないのだが――どうも、近頃、学校生活の毛色が変わりつつあった。
それもこれも――
「あ、黒土さん見たよ、捕まえた魔人、国に譲渡したんだね。」
――この眼鏡娘のせいだ。
あの日、自分が助けに走った少女、名を星月あかねはあの日以来、何やらずいぶんと自分になついてしまった。
「あー……なんかそうらしいねぇ、うち、関わっとらへんし、わからへんけど。」
「あ、そうなんだ、じゃあ、天塚博士とかの判断なのかな。」
「んー、いや、あんまあの人その辺頓着せんと思うけどねぇ。」
「そうなの?あの人の薬で捕まえられたんでしょ?」
「まあ、そうなんやけどねぇ、何や、3人ともえらい欲がないねん。」
「へー……」
帰路の途中、公園で奢られたペットボトルの紅茶を飲みながらの会話は年頃の娘の会話とは言えない。
とはいえ、下らぬ恋愛話などしたくもない灯からすれば、このちょっとおかしな少女の会話は個人的にはあまり嫌いではなかった。
「妹さんは?」
「んーなんか、会社に呼び出されよって先帰った。多分、引き渡しとかでなんかあるん違う?」
「あー魔人強いもんねー」
「そう、らしいな?」
正直、攻撃をかわされた記憶しかないので、いまいち何が強いのかはわかっていないのだが、まあ、あの3人がそこそこダメージを負ったというのだから、普通の人間には並外れた化け物なのだろう。
「何その反応、魔人だよ、魔人!すごいじゃん。」
「いや、まあ、そうなんやろうけどなぁ、よぉわからん。」
「アハハ、ま、勇者様にはわかんないか、すごいことなんだよ、ほんと。」
そう言って、笑う少女は、しかし、自分が勇者であることにそれほど大きな影響を感じているようには見えない。
それが、今の灯には少し、うれしかった。
今、黒土姉妹のクラスメイトは大抵2通りに分かれている。
1つは勇者である黒土姉妹を恐れ、その恐れ故に、ちまちまと不満を募らせるもの。
もう1方は、勇者である黒土姉妹を『利益の対象』として見ているものだ。
正直に言って、恐れられているのは別段構わない。
姉妹は基本的に、家族がいるのなら後のことはどうでもいい人間だ、言い方は悪いが、この「ひーろーごっこ」だって姉が言い出さなければ興味もなかった。
ただ問題は――利益の対象として見ている層だ。
勇者を自分の意のままに操ろうとするもの。
庇護下にすり寄ろうとする者は後を絶たない。
自分達――というか、あの3人組のデビュー戦の際に御影に連れ合っていた連中などその最たるものだ、友人でございと主張し、特権や特典を得ようとしている。
勇者となる前から変わらない態度で接してくれる者もいるが……かなり少数派だ。
そんな中で、勇者としてではなく接してくれるこの少女のことを、灯はことのほか気に入っていたのだろうと思う。
「あ、そういえば、えーっと、ウィンドヴェーラーさんだっけ、あの人大丈夫だったの?魔人を捕まえる時に怪我したとか報道されてたけど。」
「ん?あー……まあ、ちょっとな、一発もらってしもたから、念のために一時休暇中。」
「へー……元気なの?」
「おん、全然、平気でそこらへん歩いとるしねー」
「―――へぇ、そりゃ驚きだ。」
突然、聞きなれない声が響いた。
「――なんや、あんた。」
振り返る、そこに立っていたのは――ぼさついた、手入れもされていない前髪で、目を隠した中肉中背の地味な雰囲気の少年だった。
見覚えは、ない。
「――設楽君。」
ぽつり、と、後ろの少女がこぼす――思い出した、うちの学校にもう1人いるらしい勇者。
錬金術の加護を得て、魔王より領土を奪い去った勇者。
設楽天京。
「何やご同業やん、どうしたん。」
警戒を解かずに続ける。
扇の一件を抜きにしても、こいつの良い噂というのは聞かない、典型的な『勇者病』の人間だ。
自分達は選ばれし存在であり、その力は天から授かった『万事を許される免責』であると、心から信じている存在。
「いや、別に大したことじゃないさ、1度、同じ勇者と話してみたかったんだよ、同じレベルの人間とさ。」
そう言ってにっこりと笑う彼は、その地味な容姿に似合わず不可思議な……圧のようなものを感じる。
「おなじれべる?」
「そうさ、俺たち選ばれたもの同士だろ?1回、きちんと話しておこうと思うのはおかしくないじゃないか。」
ゆっくりと、しかし、着実に歩み寄る男に、灯はあかねを背に隠した。
誘惑の加護だ、大抵の勇者は持っている『カリスマ』のようなものの正体。
すでに意識がぼんやりとした様子のあかねに、この男を合わせてはならない、どんなことになるかなど、噂を聞けばすぐにわかる。
「へぇ、うちの方には話すこととかないねんけど。」
「そうか?俺にはあるんだよ――お前ら、あの魔人、俺にくれねぇ?」
彼が口にしたのは、驚くような提案だった。