「――社長。」
割り込んだ人物に、扇は思わずと言った風情で告げる。
そこに現れたのは――黒土製薬の社長にして、この男に操られた女、黒土姉妹の母。
黒土未来だ。
操られた社員たちだろう、ゾロゾロと現れる社員たちと共に、まるで盾にでもなるように勇者の前に立ちふさがる。
「――待ちなさい、扇くん、この子は被害者よ、手出しはさせない。」
そう、こちらを見つめる彼女の目線は厳しい――あの日、占い小屋に自分達を探しに来て、魅了を解かれる直前のゆかりに近い敵意の目だ。
「社長、それは通りませんよ。あなたは操られてるし、被害も出た、じきに『勇者特別措置法』に基づいて、周辺の勇者に殺害命令が出るでしょう。」
その前に、事をすませなければならない。
「そうね、法律上はそう、でも、誰が彼を責められるの?いじめられて、非難されて、誰にも受け入れられなかった、だから、力を振るったのよ。」
「だとしても、やってはいけない範囲に手を出している。」
「じゃあ、彼を悲劇に追い込んだ者たちはそうではないとでもいうの!?」
「いいえ。」
「なら――」
「――だとしても、それはあなた達を巻き込む理由にはならない。」
「――!」
口ごもる。
実際、それは確かなのだ。
「確かに、彼の境遇には同情すべき点は多い、どんな理由であれ、袋たたきにされていい理由などない。」
いじめとはそういうものです、自分の手を汚さず人を殺せる。言葉は凶器だ――と語る人間は多いが、それと同じことだ……いや、もっと直接的かもしれない。
自殺するように徹底的に苦しめ誘導するものだ、経験があるからわかる、自己暗示ができなければ、とっくに自分だって……釣り合わないほど偉大な友人を持つと、それはそれで苦労するものだ。
ゆえに、止めるためには殺すしかない、それは、彼だって否定はしない。
殺させはしないだろう、取り返しがつかなくなる――誰にとってもだ。
が、脅すだけだというのなら、反撃するだけだというのなら、彼ら3人はその行動を止めはしなかっただろう。
彼らは法の番人ではない、正義の味方だ、
だが。
「彼はその行動に、関係のない人間を巻き込んだ、それは許されない。」
その結果がこれだ。
人の会社に潜り込み、何人もの人間の未来を捻じ曲げ、ここまでことを発展させて――世界の危機を招いた。
「彼だけが悪いわけではないし、彼だけが許されないわけではない、ないが――」
同時に、彼だって許されないのだ。
人に傷つけられたことは、殴っても仕方がないと思われる理由ではあるが、殴ってもいい権利ではないのだ。
「罪に罰があるのはいい、が、彼の場合はやりすぎだ。だから、僕はそいつを捕まえます、そして――」
彼をこうした人間にもまた、それなりの罰を与えるだろう。
「に、逃げてやる。」
動かぬ体で勇者が言った。
「牢獄なんて、たいしたもんじゃない、どうせ死刑になるのなら――」
「逃げられんぞ。お前はもう、勇者じゃない。」
「―――あ?何言って――」
「お前の脳と精神に、さっきの電撃と同時にロックを掛けた、お前はもう、恣意的に力を使えない。」
ひゅ、っと、息をのむ声が聞こえた。
「う、嘘だ、そんなわけない、そんな、そんなはずが……!」
「使ってみればわかるさ。」
「だから使ってんだろぉぉぉぉぉぉおお!なんで出ねぇえんだよぉ!」
嘆きが声に漏れる、肉体を動かすことすら叶わぬブレインロック――金縛りの中で、必死に動く声だけが、彼の窮状を伝えている。
「そういう風にロックした、今のお前はただの学生だ――少々派手においたが過ぎたな。」
そう肩をすくめる。
そんな扇に食って掛かるのは操られた研究員の1人――最初に会った時、サインを書いてくれと頼んできた彼女だ、ちなみに、サインは渡していない。
「そ、そんなことをしたら、報復の対象になってしまうでしょう!?人の心がないんですか!?」
「それが罰というんじゃないのか?」
切り裂くように、告げる。
「罰を恐れる、そのために罪を犯さない。だから罰には価値がある。違うのか?」
そうだ、それこそが機能しなくなったのが勇者だった。
「だから元に戻した――まあ、さすがにこいつのためにこれ以上の罪状を増やすわけにもいかん、その鎧を作る力だけは残した――まあ、戦うのは無理だが、死にはしない。」
だが、同時に、反撃もできない。
ただ、自分の殻にこもるだけ――それが、扇の考える最大限の罰だった。
「……させない。」
そんな彼の言葉への返答は――刃物による斬撃だった。
手に持ったナイフ、それが勢いよく駆け込んできた女性研究員の体重と共に、突き出される。
ぐずりと何かを突き刺すような感触がした。
パチンと、何かをはじくような音がした。
一瞬の静寂。
そして、倒れる1つの影――最後に立っていたのは……
「……まったく、精神に異常をきたさないように解くのにえらい時間かかったぞ。記憶も消さにゃならんし。」
そう言って困り顔を浮かべる人の原質――扇だった。
マフラー器官に刺さっている大振りのナイフを引き抜く――余分な脂肪と皮膚で作ったこの器官には神経が通っていないのが幸いした。
ここまでの会話で稼いだ時間で全員の精神を開放できたのは僥倖だった、最後の1人の解除と共に、全員を眠らせたので、次に目覚めた時はここで起きたことは夢の話になっていることだろう。
大変結構なことだ――悪い夢なんて、桜餅にでも食わせればいい。
「さて――聞いてるだろう勇者狩り、そういう了見だ、こいつは殺させん。」
何もない空間に、扇の声が響く。
「どうせ返事を返すつもりもないんだろう?勝手に話すが――まだ、特措法の執行は下りてないだろう?被害が出てないからな、つまり、お前らの獲物じゃない。僕はこいつをこのまま、警察に連れていく――信用ならんなら『夢食い』に頼め、あいつの力でもこいつに力は使わせられんはずだ。」
返事はない、が、気配は変わった。
不満と猜疑に満ちた空気、まったく信用のないことだ。
「秩序委員会もお前も、こいつを殺したいというのなら勝手してもいい、いいが――その時は僕も本気出すぞ。」
それでもいいなら掛かってくるといい、そう言いたげに肩をすくめる青い人間に、周囲の風が、不可解な音を作る。
――なぜだ――
「こいつにはまだ、1度も更生の機会が与えられてないからだ、罪の重さを測らせることも、その罰がどれほど恐ろしいかも、誰もさせないからだ。」
――危険すぎる――
「なら僕らが責任を持つさ――昔なんかの本で読んだ『真に善良な存在は寛容であるべき』らしい。」
――お前がそうだと?――
「違う、僕らは正義の味方だ――真に善良で、寛容である誰かのために取り返しのつかないことをさせない人間、だから。」
この男は殺させない、罪人として、罪と罰の重みを知るべきだ。
そう言外に告げる扇に、返答の言葉は来なかった。
不満と疑念の渦巻く空間を、扇はひらりと飛び越える。
たどり着くのは、設楽天京の傍ら、その位置取りは守っているようにも、死刑を執行する直前のようにも見えた。
「意見がない様なら、僕はここいらで失礼する――学校もこの屋上も直すんでね、ちと忙しいんだ。」
そう言って扇は姿を消した。
後に残ったのは、不満と疑念に満ちた大気だけだった。