第45話:新しい日々
「――よっ。」
驚くほど軽い声で、少女が手に持った刀を振るった。
明るい赤い髪がまるでたなびく火のようにうごめき、相手を切断する――それはまるで、熱したナイフで切断されたかのように抵抗を感じさせない。
切り裂かれ、ガシャン!と音を立てて地面に転がった鎧には中身は無い。
リビングアーマー、言ってしまえばさまよう鎧だ、洋風建築のホラー物によく出てくる、ひとりでに動く鎧。
総金属製の鎧の強度は間違いなく高く、中身が存在しない鎧は銃では破壊しきれない――小さな穴なら、この生き物は自然と修復するのだ。
とはいえ、少女――黒土灯にとっては恐れる必要は無い。
単なるがらくた、鉄くずの一種に過ぎない。
なぜなら――彼女は勇者なのだから。
そう、怖いのはこんながらんどうではない、怖いのは――
『――はい、だめー、後ろの自販機切断しかけてますよ。』
――この声の主の方だ。
「げ、切れた?」
『扇が持ち上げたので問題ありません――が、彼がいない環境で戦うことがあると考えると、ちょっと注意してほしいところですね。』
ごく小規模かつ、自分が出張る必要のない魔物の群れ。設楽天京と呼ばれた『元』勇者の馬鹿な行動によって引き起こされた魔王到来の事案からごくたまに起こるようになった『無音越境』の対応をゆだねてきた男はそう言ってかすかに不満げな声を上げた。
なぜ、自分をこの話に駆り出したのかは、この会話を聞くに明らかだろう。
本格的に『黒土製薬所属の勇者』としてメディアに出る――これまでも出ていたが、ヒーローとの活動を本格化させるのは初めてだ――に当たって、『他の勇者とは違う』ことを印象付けるための訓練だ。
何でもかんでもぶっ壊していく勇者とは違って、自分達は周囲を気遣ってますよーという、ある種のアピールといってもいいだろう。
それを、自分に学ばせるつもりなのだ――成果?ご覧の通りだ。
「ぐっ……ど、どうせ保険降りるやん……」
『降りはするけどもーあんまりひどいと―賠償金がくるネー』
『なんでエセ中国人なのお前……?まあ、そういう話だから、お母さんに迷惑かけたくないんだろ?物を壊すってのはそういうことさ、常識的に考えればいい。』
『一番肉体が非常識な奴がなんか言ってる……』
『いいですか扇くん、あれが自分を客観視できなくなった哀れなオタクの姿ですよ。』
『お前ら簀巻きにして屋上からつるすぞ?』
ばかげた会話が通信機から聞こえる――とはいえ、お説ごもっともではあるのだ。
黒土製薬所属の勇者として、会社の看板を背負っている、それがどれだけすごいことかも、どれだけ重いことかも厳密にはわかっていないが、気にしなければならないことが多いのはわかるのだ、わかるのだが……
「その、うちかてわかっとるよ?わかっとるけど……このかっこ、どないかならん……?」
そう言って、彼女は自分が身にまとった女児向けアニメに出てきそうな服装で恥ずかしそうに身をすくめ、思い出すのは数日前の会話だ。
「む、いやですか灯、私渾身の力作なんですけど。」
そう言って、珍しく読んでいた『ヒロイックアカウント倒産』の文字が躍る新聞を折りたたんだ従妹に、灯は困ったように視線を逸らす。
「い、嫌とは言わんけど……もうちょっとひらひらしとらへんのないの?」
困り顔でそう告げる彼女の目の前には空中に展開された、立体映像――天塚が作った、資金が潤沢にあるとあの手の狂人は何をするのかわかったものではない――が映っている。
それは、服だった。
ひらひらとして、どこか日曜の朝とかにやっている女児向けのアニメを思わせる容貌のそれ。
ノースリーブのセーラー襟タイプ。胸元には巨大な赤いリボン――これでトランサーを隠すらしい――。
肩には小さなパフスリーブがあるが、脇は動きやすさ重視で露出。
手には肘上まである白いオペラグローブ。手首部分に金色のリングと赤いフリル。
動くたびに広がることを計算された、3段重ねのバルーンスカート。
一番上はピンク、中が赤、一番下が白のレース。
スカートの後ろ腰部分から、燕尾服のように長いリボンが2本垂れており、動くと炎の尾のように見える。
膝上まである白いサイハイブーツ。膝部分にハート型のプロテクター。
靴底は少し厚めで、着地時の衝撃を吸収する「肉球デザイン」の意匠。
まがうことなき、日曜朝8時半の娘だ。
「新兵器って聞いててんけど!?」
「新兵器ですよ、勇者の力を増幅する勇者用兵装なんですから。」
設楽天京が残した遺物、本来はあり得ぬ『勇者にも使えるトランサー』と『コピュラ』それが、今、2人の天才の手で再構成され、姉妹の手に渡ったのだ。
「これがあれば、『未遂者』などと言われても巻き返せるでしょう、あと、ビジュアル推しが出てきて多分に人気が増します。」
「そんな、VTuberみたいなことせんでも……」
「必要なんですよ、先輩たちがあっさり切られた原因もそこにあります――人気商売なんです、売れる見た目というのが大事なんですよ。」
「……むぅ……」
そんな、会話で、押し切られてしまい、結局、この衣装で観衆の前に出てしまった。
たたき切った鎧を見つめつつ、困ったように眉をひそめた彼女達に拍手喝采を浴びせる人々。
そう、市民達だ。
かわいらしい少女の勇者が、圧倒的な実力で悪を罰するその姿は、なるほど、彼らの目を引いたらしい。
巻き上がる歓声に、灯は引きつった顔で手を振るしかなかった。