特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第55話:『ヒロイン』

「……なんでそう思うんだ?」

 

「むしろ、どうして気が付けないと思うのです?」

 

 七星の疑念に、しかし、傍らの男は走りながら器用に肩をすくめて見せる。

 

「あなた達の『夢』を知っている者は多くいます、そしてその中の何人かはあなた達の『修行』の内容も知っているでしょう。」

 

「みんなが鼻で笑った奴だろ、まあ否定はできないけどな、常識的に考えて。」

 

「……ええ、荒唐無稽な夢物語でした。」

 

『特撮に出てくる正義の味方になりたい。』

 

 すっかりとヒーローが職業になった世界で、彼らは常にそう言い続けていた。

 

 この一言で、彼らを侮った者たちは多い、勇者も、一般人も――同業者もだ。

 

 無理もないことだった、ヒーローができてほとんど10年に差し掛かろうとしている時節、彼らの言葉は妄想に近い――警察官にあこがれて警察に入って、その現実に打ちのめされるように、彼らの夢もまた陰っていくと、誰もが思っていた。

 

「ずいぶん失礼なことをしました。」

 

「まあ、仕方ないだろ、俺らもわかってないところはあったしな、社会常識的に考えて。」

 

 自分達もずいぶんと夢見がちだったのは否定できないのだ。

 

 とはいえ、それでも彼らはそれなりに結果というものを出していたのだ。

 

 派手さと魔物の討伐数が物を言い、アイドル化の著しかったあの社会においてなお、彼らはひたすらに人命の救助を優先していた。

 

「渋谷の一件では大変お世話になりました。」

 

「あん時ゃ大変だっただろ、まさか、スクランブル交差点の上に出張るとは。」

 

 8年前のちょうど今頃のことだ、渋谷のスクランブル交差点の直上に魔物が現れ、大惨事を起こしかけたのは。

 

 幸いにも、規模的には小規模であったこと、「偶然」非番だった正義の味方の3名と誤報で通報を受けた数名のヒーローが近場に存在したことからさっくりと始末はついたものの、もしもいなければ数百人――いや、数千人規模の被害だったと、当時のニュースは報じている。

 

 その中にいたヒーローの1人が、アントライオンだった。

 

「あの時でしたね、あなた達の夢の詳細を聞いたのは。」

 

「勇者に負けないで戦えるようになって正義の味方したい……っていったんだっけ?」

 

「ええ、私は鼻で笑いましたな。」

 

 無理だと、誰もが思ったからだ。

 

「まだ2年目の新人の戯言、誰もが、そんなことはできないと、そう思っていました。」

 

 設楽天京の事件までは、その通りだったのだ。

 

「見た時は驚きましたよ、まさしく、あなた方の言っていた通りの存在が、突然勇者と魔王を叩き潰したのですから。」

 

 昔からこの業界にいて、彼らと交流のあったヒーローは皆、こう思ったことだろう――あいつらが、とうとうやったのだと。

 

「公安の連中うるさかっただろ。」

 

「ヒーローに何かできるほどの力はありませんよ、妖霊は基本、警察のような組織に手を貸すのを嫌うようですからな。」

 

 だから、警察にヒーローはいない――まあ、これも諸説あるのだが、なぜか、妖霊共は警察や軍に手を貸したがらないのだ。

 

 だから、公安も『内偵』しかできないのだ、強制捜査をするとヒーロー側が抵抗した時に対処ができないから。

 

「それに、本当のことを言ったとして、一体だれが信じるのです?」

 

 体を鍛え上げたら人間離れした超人性を身に着けた――など、信じる者はいないだろう。

 

 特に、警察畑の人間は絶対に信用するまい。

 

 どう都合よく見繕っても、自分の主人である少女のように魔人を利用したなにがしかの新兵器程度の推論にしかなるまい。

 

「そうだろうなぁ。」

 

 そこまで聞いても、七星はそうとしか言わなかった。

 

 実際、そうなるのは予想済みだ、考えるまでもない。

 

 だから余計に分からない――この男はなぜ……

 

「――いま、俺のところに来た?」

 

 誰にも信用されない問いの答えなど、何の役に立つのだ?

 

 七星の地獄のごとき訓練により培われた超人的な視力と聴力は、この男の体に録音機材やマイクの類が付いていないことをすでに見抜いている、となると、自分から言質を取りたいわけでもなかろう。

 

 では何をしに来たのか――

 

 そう、言外に尋ねる視線に、男は告げる。

 

「――もしも、あなたがあの生命体ならば、そのことをお嬢様には伝えないでいてほしいのです。」

 

「……ほ、う?」

 

 それもまた、難解な言葉だった。

 

 どういうことだろうか、彼女はこの問いの答えを――信じる信じないは別にして――求めているはずではないのだろうか?

 

「ヒーローになってからもう18年になります。」

 

 それから、いろいろなことがあった。

 

 山のような魔物を倒し、幾度となく英雄と呼ばれた。

 

 勇者の台頭で以前ほどの人気もなくなり、稼ぎが落ちてきたときもあった。

 

 下げたくもない頭を下げて、勇者に助けを求めたこともあった。

 

 娘が病に倒れて、その看病のためにヒーローをやめた。

 

 妻はすでに死んでいる――魔物の襲撃のせいだ、だから、ヒーローになった。

 

 そして、娘のために辞めた――思えば、常に人の影響だ。

 

「この職も、そうです。」

 

「娘さんの入院費か。」

 

「ええ、お嬢様のご慈悲で負担を。」

 

「いい人なんだな、扇の奴も言ってたが。」

 

「ええ、いい方です、ゆえに、あなた方の真実をお教えしたくない――落胆は、人を堕落させますからな。」

 

 ゆえに。

 

「希望を、持たせたくないのです。」

 

「……家族か。」

 

「ええ、お姉さまが勇者に見初められているもので。」

 

「そのために、勇者に抵抗する力が欲しいと。」

 

「いつまで、勇者の機嫌が良いかも、わかりませんからな。」

 

 それは、ある意味、この世によくある『ヒロイン』の話だった。

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