特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第56話:不可思議な敵

「ほい、水、ペース考えた方が良いだろ、年齢的に考えて。」

 

「いやー申し訳ない、鍛えてはいたつもりなのですが。」

 

 ベンチの上で、初老に差し掛かってしまったアントライオン――雨傘は自分の力不足に顔をしかめた。

 

 まだ、若い者には負けないつもりでいたが……寄る年波には勝てないらしい。

 

「いや、たいしたもんだよ、あいつら以外でここまでついてきたのはあんたが初だ。」

 

 苦笑する七星――実際、ヒロイックアカウント時代の後輩達は誰もついてこられなかった。

 

「……実際、どうなのです?」

 

「何がだ?主語・述語と目的語を合わせて話してくれんとわからんだろ、扇じゃないんだから。」

 

「ふふ、そうですね、よく娘に言われます――ヒーロー時代の癖でしょう。」

 

 苦笑する――何年たってもこの癖だけは抜けないままだ。

 

「あの力、お嬢様には――」

 

「――知らんよ、俺らはあの生物にはかかわってない。」

 

 それが、七星の返答だ、それが、嘘だとわかっていても、雨傘にはそれを否定できる要素はない。

 

「……そう、ですか。」

 

「――ただ、正義の味方ごっこに興じてる間抜けな大人として、アドバイスするとしたら。」

 

「!」

 

「あれになろうとするのはやめておけ、もう無理だ。」

 

 それは、実感の籠った一言だった。

 

 20年だ。

 

 あの日、光の巨人の映像を見てから20年、わき目もふらず、およそ人間という生き物の枠を超える修行をひたすらに続けてきた。

 

「家族を救うためにあれになりたいと思っているのはいい、素晴らしいことだと思う、ただ……無理だ、彼女には時間もないし、何より――」

 

「――何より?」

 

「たぶん死ぬ。」

 

 彼ら自身、なんで生きてるのかわからないのだ。

 

 扇雄介は今でも9日間あらゆるものを食わず、眠らず、横にもならない。

 

 目もつぶらず、彼はじっと自分の精神の内側にある力を磨きながら、自己暗示で自分は『正常に食事を行い眠っていると思い込ませる』ことで体を維持し続けてきた。

 

 天塚新は、毎日、40種類にもわたる、彼以外誰も作り方を知らぬ薬品を飲んでいる。

 

 プランクプレーンの力を導き、戦闘体と呼ばれるあの異常な実体を制御するため、彼は自分の人体構造をごりっと作り変えてしまった、彼の薬学の知識はそのためのものなのだ。

 

「そして――七星一也は今でも異様な筋肉トレーニングを続けている。」

 

 彼が非公式に持ち上げたものの重量上げの記録は実に公式記録の2000倍だ、それだけの力をもってしてなお、チャクラはつい最近まで開けなかった。

 

 彼らの力――勇者を打倒し、魔王を撃滅しおおせるその力はここまでやってやっと、使い始められるようなもの。

 

 断言してもいいが、彼女にそれはできない、使う前に死んでしまう。

 

「そう、でしょうな。」

 

 知っていた、淡い希望にすがるように尋ねたが、こうなるのは既定路線だった。

 

「では、質問を変えましょう。」

 

「ふむ?」

 

「――もしも、お嬢様の家族が勇者の不埒な魔の手に掛からんとしたとき、あなた達は――」

 

 助けに来るのか?

 

 知りもしない、会ったこともない、何なら敵対企業になるかもしれない会社の娘のために。

 

 勇者という、世界の希望を相手にするのか?

 

 そう尋ねる、すがるような視線に七星は――笑って言った。

 

「”弱かったり、運が悪かったり、何も知らないとしてもそれは何もやらないことの言い訳にはならない”。」

 

「……?」

 

「昔、そういった人がいた。」

 

 真理だと思う、それはできない理由であってやらない理由ではない。

 

「それと同じさ、その人のことを何も知らなかったり、欲しいものに手が届かないほど運が悪かったり、たとえ俺らの力が勇者に勝てないほど弱かったとしても、それは俺らが動かないことの理由にはならない。」

 

 だから。

 

「飛んでいくよ、走っていくかもしれん、バイクは買う金がなくてね――給料日まだなんだ。」

 

 そう言って笑った男の顔は、8年前に見た時のまま、輝いて見えた。

 

「……そう、ですか、ええ、でしたら――」

 

 安心だ、そう言おうとしたのと、絹を裂くような悲鳴が2人の耳に飛び込んできたのは同時だった。

 

「――走れるか?」

 

「ええ、鍛えてますので。」

 

「……それ、俺が言いたかったなぁ。」

 

 

 

 

 

「何だこいつ……?」

 

 悲鳴の源に風のように駆け付けた七星が、蹴りをくれて突き飛ばして、まじまじと見たのは何とも異様な生き物だ。

 

 いや、生き物と呼んでいいものか……?少なくとも、それは何とも不可思議な形をした……『何か』だった。

 

 人と形容するにはいささか人間の形から離れ過ぎていたし、動物というにはいささか人間的すぎた。

 

 一番近いのは――前衛芸術だろうか。

 

 どこかのホラー映画に出てくるような異様な手指は物をつかむことなどかなわなさそうな鋭い剣として天を突くように伸びている。

 

 体全体から鋭くとがった牙とも爪ともつかない骨のような構造体を突き出したその生き物の体は鮮血で濡れている。

 

 地面にはずたずたに切り裂かれた人間のようなものが転がっている――七星の見立てでは1つ1つの傷は浅そうだが、血の量がえぐい、このままでは死んでしまいかねない。

 

 ネズミじみたとがった顔を赤く染めて――血ではない、体温の上昇だろう――周囲を睥睨するその生き物は、10年ヒーローを続けてきた七星でさえ知らぬ異形だ。

 

「見たことある?」

 

「いいえ、寡聞にして。」

 

 どうやら歴18年のヒーローも知らぬという。

 

「新しい魔物か……?」

 

 だが、それにしては召喚円が見当たらない、小さい召喚円でも独特の硫黄のようなにおいがするものだが……?

 

「ま、いいか……」

 

 今はそれどころではない、ひとまず――

 

「こいつを止めよう――トランサーは?」

 

「一応は……しかし、もうやめて5年のロートルですよ。」

 

「それで錆びるほどちゃちな腕でもないだろ。」

 

「……そこまで言われては仕方がない。」

 

 胸に、2人の手が伸びる――発声は同一だった。

 

「「――変身。」」

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