「いやはやすまないな。ここはヒーローじゃなくて俺ら警察の仕事なんだがね。」
「いえ。我々ヒーローの仕事も人々を守ることです。協力は惜しみません。」
そう言って、頭を下げた3人の男に、くたびれた様子の男は、目尻を下げる。
「そう言ってもらえるとありがたいよ、久々に会ったってのに、こんなむごい事件で申し訳ないが。」
「まあ、僕らみたいなのが呼ばれるときは大抵こんなですよ――タバコ、やめたんですか?」
「娘がうるさくってなぁ……ま、健康に気を使ってもらっているうちが花っていえば、花だから構わんのだが……ああ、こっちだ。」
古なじみの彼は、自分達正義の味方がヒーローになって3年目に仕事を共にした刑事だ。
魔物によるものと思われる失踪事件は決して愉快な結末を迎えてはいないが、それでも、縁というのはできるものだ。
「僕らを呼んだということは、また普通の死体ではないんでしょう?どんな死体なんです?」
「……それが、困りもんでね、死体自体が、ちょっとまずい代物なのさ。」
そう言って、頭をかいた刑事が自分達を路地裏にいざなう――なにが起こったのか、その時点で扇にはわかっていた。
サイコメトリーのちょっとした応用、テレパシーのちょっとした悪用、思考に浮かんだ一瞬の情景が、即座に頭に浮かぶのだ。
「……まずいことになった。」
脇を歩く友人2人にだけ、聞こえるようにつぶやく――その一言に、2人の体が臨戦態勢に入った。
「……こいつだ、見覚えは?」
そう言われて、たどり着いた先は……何とも、グロテスクな惨状だった。
辺り一面に、ぶちまけられでもしたかのように血が付着している――この量なら、おそらくは助かるまい。
そして、その中心に横たわっているのは――胴体を円形に削り取られた、1体の死体だった。
見覚えは――ない。知らない男だ、だが、手に持ったものには見覚えがある。
「……まさか……」
『……勇者ですね、データベースに登録ありです。』
耳元で、トランサーに取り付けられたカメラから、映像を見ていたゆかりの声が響く――となると、厄介な話だ。
「勇者が、殺された?」
「……やっぱり、そうなるか?」
それ以外考えられない。
よもや、自殺でこれほど派手な死に方はするまい。となれば――
「勇者同士の小競り合い、とか?」
あり得そうもないことを、刑事が言った。
自分でも、かけらも信じていないような顔つきだった。
勇者は自分の縄張りから出ない。
どこかの社会学者が語ったそれは、実際、勇者という存在の行動を端的に示している。
彼らは、同じ勇者と戦いたがらない――優位性が崩れるからだ。
彼らが圧倒的な強者であり、かつ、これほど自信に満ち溢れた振る舞いをできる最大の理由は彼らの能力が、一般人をはるかに凌駕するからだ。
何をされても傷つかない。
その安心感が、彼らを偉大にする。
ゆえに、彼らは自分達に比肩できる力を持つ同じ勇者とは戦わない。
彼らの絶対性を脅かすからだ。
無論、小競り合い程度はある、が、命の取り合いに発展することはまれだ。
お互い、死にたくはないのだ、今がとても居心地がいいから。
そんな勇者同士が戦うとしたら――それは、周囲の人間を巻き込みかねないものになる。
だからこそ、わからない――ここには、その『争いの後』がないのだ。
「勇者同士が戦うんだ、この町1つぐらい簡単に消え去るはずだろう?なのに、何もないんだよ。」
だから、3人が呼ばれたのだ、ここで何があったのか、調べてもらうために。
「天塚君はそういうの詳しいだろ、頼むよ。」
そう言われては、3人に断る理由はない。
了承し、機材を取りに帰ると告げて現場を去った3人の顔は険しい。
「あれ、勇者同士の戦闘じゃねぇな。」
「でしょうねぇ、あの路地で勇者同士が戦ったのならもっと痕跡があるはず、不意打ちなら背後からの攻撃でないとおかしいですが――」
「傷の形からして、攻撃は前から来た。」
となると、かなり面倒なことになる。
何せ、この世界に、勇者を殺せる、あるいは匹敵する力を持った何者かが侵入したことになるのだ。
その危険性は魔王など比にならない。
そして、もっとまずいのは――
「……偶然だと思うか、怪人。」
「「まさか。」」
――そう、あの時逃がした怪人との関連だ。
彼の所在は確認し、昨日1日家にいたことはすでにわかっている。
つまり、あれはあの怪人の仕業ではない――が、同時に、それは恐ろしいことの先触れでしかない、すなわち――
「怪人が犯人だとしたら、もう1体怪人がいるってか?」
まったく勘弁してほしい――自分は難なく倒した怪人だったが、並のヒーローには対処できないような爆発的なパワーがあるのは間違いないのだ。
そして、もしも、彼らの想像が正しく、あの薬が原因だとしたらつまり――それは、何でもない人間が、勇者並みの加護を得て、暴れまわることができるようになるということだ。
もし、そんなものが世に流通すれば、それは、重火器以上の脅威に他ならない――隣に住んでいる人間が、いつでも押せる核兵器のスイッチを持って闊歩しているに近い惨状になってしまう。
「……早めに、根っこをたたかんとな。」
そう言って眉をひそめた七星に、扇と天塚が同意する――なんとしても、人死にが出る前に片を付けたかった。