「近頃、AIの特撮動画が増えててちょっと不安になるのよね。」
「はぁ……?」
「いや、なんかこう……すごいんだけどさ、すごい分、粗が出ているとすごい気になるんだよ、こう、大作映画にすごいちゃちいところがあるみたいな。」
「あー……看板が子供の落書きになっているみたいな。」
「そう、なんか、こう……そうはならんやろみたいな……いや、特殊撮影技法なんだから、AIとかでもいいんだけどさ、なんか、こう……もうちょっと……」
日が落ちて、街灯が影を長く伸ばす時間帯。
ファーストフード店での喧騒が嘘のように静まり返った住宅街を、2つの影が歩いていた。
並んで歩くには少し距離のある、護衛と要人の距離感。
そんな中で、益体もないことを話す七星は、実際、困り果てていた。
『……この年の、それも娘って、なに話したらいいんじゃろう……?』
本気で、話題がわからない――いや、だって、基本、友人とはこれしか話していないのだ、あとは、ヒーロー業務のことだけ、それ以外の話題となると、筋トレの話ぐらいだ。
同年代でもないし、同性でもないし、趣味も違う。そういう相手と、彼は話すことが少なかったのだ。
これが、社会人というのなら相手の職業を聞くなり、苦労話を聞くなり、いくらでも対策はあるのだが……年下の学生!何を話せばいいのかわからない。いや本当に。
そうなってくると、話題は枯渇し、至極当然の流れで、沈黙の帳だけが、空間に垂れ込める。
『気まずい!チャクラがあるとか関係なく気まずい!』
研鑽の果てに、人間すら超越した男は、今まさに、史上最大のピンチを迎えていた。
その沈黙を破ったのは、御影の方だった。
「――七星さん。」
「ん、どうした?おなかか?ぽんぽんがぺいんかい?」
大げさに――しかし、どこかおどけて声を上げる七星に、しかし御影は笑わなかった。
自分の足元、アスファルトに伸びる影を見つめたまま、独り言のようにこぼす。
「私、最近よくわからなくなるんです。」
「――なにが。」
思ったよりもマジな話らしい、となると、こちらも真面目に聞かねばなるまい。
「自分が、本当に『私』なのかどうか。」
彼女は自分の手を見つめる。白く、細く、何も汚れていない手。
だが、その手はこれまでに数え切れぬほどの魔物を屠り、つい先日は人の形をしたものを「排除」しようとした手だ。
「勇者になる前の私が、どんな風に笑っていたか、どんな風に怒っていたか……覚えてはいるんですよ。」
そう、覚えている。
日曜日の朝に流れている戦うヒーローを姉が「行け、行けー!」とはやし立てていたのも、自分はそのあとに流れる女児向けの番組の方が好きだったことも。
あんなふうになりたいと、思っていたことも。
あんなふうになれるのはうれしいと勇者にかすかなあこがれを持っていたことも。
魔物と戦うのは怖いなと思っていたことも。
全部、覚えてはいるのだ。
覚えているのに。
自分が、過去の自分と異なっている気がする。
以前の自分は、もう少し「人間」だった気がするのだ。
他人を見て、景色を見て、もっと何かを感じていたはずなのに、今はまるで――
「――ガラスの向こうの景色を見てるみたいに、何も感じないんです。」
そう告げる彼女の横顔は、美しく整っているがゆえに、作り物めいて見えた。
思い出せるのに、自分が以前と違うことはわかるのに――なぜか、それがどういうことなのかがわからない。
こうではないことだけわかるのに、それをどうにかしたいと思えない。
感覚の摩耗。あるいは、人間性の喪失。
彼女はそれを「変化」と捉えているようだが、七星の見立ては違う。
「子供のあの日、楽しかったはずの時間を思い出しても、楽しくないんです。」
いや、楽しかった記憶はある、思い出せはする――なのに、いま、それを思い出した時、『思い出せた喜び』がない。
この記憶を持っていることを、喜べない。
「ねえ、七星さん。私、このまま大人になったら……お母さんや、お姉ちゃんのことまで、そう感じてしまうようになるんでしょうか。」
もしも、家族すら「ガラスの向こう」に行ってしまったら。
その時、黒土御影という存在をこの世に繋ぎとめる錨《いかり》は消え失せる。
後に残るのは、強大な力を持ち、命を奪うことに何のためらいも覚えない、人の形をした災害だけだ。
彼女は、それを恐れている――いや、恐れて
もう、彼女はそれすら恐れることができないから。
「……わからん。」
だから、彼女はそう言われても傷つきはしなかった。
ただ――少し、意外に思ってはいた。
「……断言は、してくれないんですね。」
「できないからなぁ、俺たちには勇者のことは本質的には理解できんだろ。」
それは、勇者ならざるものが誰しも抱える疑念だ。
勇者の気持ちがわからない、特に、感情がなくなってしまっている彼女のことを、理解できるものなどいるまい。
だが同時に――だからこそ、言えることがある。
「実、もしそうなったら、俺らは君のことを助ける、それは約束できる。」
彼女がなくしたくないと思ったことを、彼女がなくしてしまいたくなかったものを、彼らは必死で守るだろう。
「大丈夫だって、新の奴は天才だし、雄介は世界でただ1人の超能力者だろ、君に感情1つ取り戻させるぐらいわけないさ。」
そう言って、笑う――実際、できるかはわからないが……まあ、何とかする。
超人にだってなれたのだ、失われた感情の1つぐらい、どうにだってして見せよう。
「……七星さんは。」
「ん?」
「七星さんは、何もしてくれないんですか?」
「む……」
痛いところを突かれた、いや、だってできることがないのだ。
「俺は……そうさな。」
それでも、何かをしてほしいと、彼女がまだ思ってくれているのなら、何かをするべきだろう、それなら――
「君を守るよ。」
「?」
「君が、大事なものを壊そうとしたら、俺が前に立って、君を止めよう。何かひどいことを言いそうなら俺が口をふさぐ。」
それぐらいしか、彼にはできないが――
「まあ、安心するだろ、俺らがいるんだ、何とかするさ――正義の味方的に考えて。」