特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第68話:『スレイバー』

 違う。

 

 あんな顔は、あんな表情は、黒土御影のものではない。

 

 物陰からその光景を覗き見ていた竹林は、爪が食い込むほどに拳を握りしめていた。

 

 彼女はもっと、高潔で、冷たくて、誰にも媚びない孤高の存在のはずだ。

 

 自分がいじめっ子たちに囲まれていた時、彼女は颯爽と現れ、ゴミを見るような目で彼らを一蹴した。あの時の、氷のような、けれど自分だけを救ってくれたあの姿こそが、本物の彼女なのだ。

 

 だというのに、なんだあの男は。

 

 なれなれしく彼女の隣を歩き、あまつさえ、彼女に「弱さ」を吐露させている。

 

『騙されているんだ。』

 

 竹林の脳内で、どす黒い結論が弾け飛んだ。

 

 あの薄汚い大人が、純粋な彼女をたぶらかしているに違いない。

 

 助けなければ。僕が、僕だけが、彼女の本当の理解者なのだから。

 

 

 

「――じゃあ、期待していますね。」

 

 そう言って、笑った少女が果たして本心から言ったのか、あるいは、そう演技しようとしたのかはわからない。

 

 彼は超能力者ではないし、天才でもないのだ。

 

 山を拳で揺るがし担ぎ上げて運ぶことができても、人の心はわからない。

 

 だから、彼女が本当に期待しているのかは――わからない。

 

 だが、同時に――だからこそ、信じてみようとは思えた。

 

 先ほど、彼女の言ったことを、そして、いま、こちらに向けている笑顔を。

 

 そして、多分、彼女のことを信じている彼女たちの姉たちのために、彼は迷わない。

 

 言葉で人の意思を翻すことなどできないと、彼は知っている。

 

 自分達の力を求める少女がそうであるように、自分達が、そうであったように、人は他人の意見で自分が本当にしたいことをやめたりはしない。

 

 あるいは、殴りつけたって、人の意見など変わらない。

 

 犯罪の加害者が、被害者に責任を転嫁するさま、彼は幾度となく見てきた。そういった人間が、変わらないことの方が多いということも知っている。

 

 だとしても、彼は、彼女を救うことをあきらめないでいようと思った。

 

 心は読めず、反応から察するほど利口でもないから、自分の心を信じて。

 

 それが、意味があるのかは――わからないけど。

 

『……あいつら、これ見越して俺を付けただろ。』

 

 まったく、どこまでもおせっかいな奴らだ――まあ、自分も人のことを言えた義理でもないのだが。

 

 

 

 

 

 七星との会話を終え、少しだけ心が軽くなった気がしていた。

 

 自分が自分でなくなる恐怖。それを「止めてやる」と言ってくれた大人の存在は、思いのほか彼女の心を安定させていたらしい。

 

 彼女本人も、驚いた――家族でもない人間の言葉で、ここまで心が軽くなるものなのだ。

 

『あ、でも、幼稚園の頃の先生とかには、心を開いていたような……?』

 

 思い出せるが現実感のない記憶に首をひねる。

 

 どんな感情を抱いていたのかも覚えているのに、今、感じることのできないそれに、また、かすかな不満――これも、そのうち感じなくなるのだろうか……?――を感じて、それでも、彼女は表情1つ変えずに家路を急ぐ。

 

 だから――目の前に現れた「それ」に対して、彼女は最初、何の感情も抱かなかった。

 

「み、御影さん……!」

 

 突然、路地から飛び出した男子生徒。

 

 知っている――顔――のよう……な……?

 

 充血した目、荒い息、握りしめられた手。

 

 必死な形相で自分に呼びかける彼を見ても、御影の脳裏に浮かんだのは「誰だっけ?」という純粋な疑問だけだった。

 

 家族ではない。ゆかりの知り合いでもない。

 

 なら、記憶のリソースを割く必要はない。

 

「えっと……?」

 

 困ったような声に、しかし、男は一切気が付かずに言葉を募らせる。

 

「そんな男と一緒にいちゃいけない!聞いてるよ、そいつらとチームを組んでいるんだろ?お荷物のそいつらと!」

 

 暗がりから響いた絶叫は、会話のキャッチボールなど最初から放棄していた。

 一方的な言葉の投擲。ぶつけられる側の事情など一切考慮しないその在り方は、皮肉にも、彼が憧れた『勇者』の独善性に似ていた。

 街灯の下に躍り出たのは、1人の少年――竹林だ。

 だが、その姿は異常だった。

 滝のような脂汗、充血しきって瞳孔が開いた目、および――皮膚の下で何かがのたうち回るように脈動する筋肉。

 

「……竹林、君?」

 

 ようやく、名前を思い出したらしい御影が眉をひそめる。

 

 その困惑すら、今の彼には都合の良い『救いを求める顔』に見えたのだろう。

 

「そんなことする必要ない! 君のことは僕が一番わかってる! 証拠だってあるんだ!」

 

 そう言って、少年が取り出したのは――写真だ。

 

 道を歩く御影、人と話している御影――他人を、冷めた目で見つめる御影。

 

 明らかに、写真を撮られるという意識ではない姿の映された写真。

 

 それはつまり――隠し撮り、ということだ。

 

「ほら、これだけ君を見てる!僕よりも君にふさわしい男はいないよ!だから――」

 

 手を伸ばす、前にふらふらと近寄って、彼女に手を――

 

「――おっと、レディーにはみだりに触れるもんじゃないだろ?」

 

 ――触れられない。お邪魔虫が邪魔をする。

 

「何だよお前……邪魔すんなよ!これは、僕と御影さんの問題だ!」

 

「そして、その御影女史から何とかしてくれって頼まれたから、俺がここにいるわけだろ?ストーカーは犯罪だ、現行犯で捕まるか?ストーカー規制法的に考えて。」

 

「――違う!僕は……ぼくは御影さんを!」

 

「本人に頼まれたわけでもないし、危険でもないとわかってるのに監視してたか?」

 

「違う!僕にだって監視できるんだ、ほかの奴だって――」

 

「つまり、自分は頼まれてもないのに監視してたと認めるわけだ。」

 

「―――うるせぇ!お前みたいなやつに、お前みたいなやつは必要ないんだ!見てて、御影さん!証明するよ、僕が、君に報いる価値のある男だって!」

 

 叫びながら、彼は自身の胸を搔きむしる。

 

 シャツが破け、ボタンが弾け飛ぶ。

 

 そこにあったのは、肌色ではない。

 

 金属と筋肉が融合したような、赤黒い『甲殻』だった。

 

「――!?」

 

「――それ!」

 

「ああ、わかってくれたかい?そこのまがい物じゃない、僕は選ばれたんだ!わかるだろう?同じ君なら!」

 

 爛々と、少年の瞳が輝く――まずい!

 

「これが僕――『スレイバー』の力だ!!」

 

 叫ぶ――次の瞬間、七星は御影を抱えて大きく飛び退いた。

 

 危険が、迫っていた。

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