特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第7話:勇者の力

『どうです?空の旅』

 

「毎度のことながら、元・高所恐怖症にはきつい。」

 

『……なーんでそんな人が、大気の生霊になんか選ばれたんでしょうねぇ?』

 

「知らね。妖霊ってくらいだし、おちょくりたかったんじゃね?」

 

『ありそうな話なのが何とも言えませんねぇ。』

 

 そんな会話とともに、加速している体を風で制動する。風圧帯の本来の使い方だ。風をつかみ、制御し、空を舞う。

 

 反射神経の鈍い――こればかりは10年ヒーローを続けても変わらない――扇でなければ、もっと機敏に動けるだろう。

 

 今、目の前に飛び出した少女のように。

 

「お疲れさーん、楽しそやん、うちも混ぜてな」

 

 そう言って、眼前に浮き上がったのは一人の少女――赤い髪をなびかせた、勇者。

 

 黒土灯。

 

 自分たちとチームを組むことになっている双子勇者の姉の方。

 

 それが、いつの間にかテストルームの内部に侵入を果たしていた。

 

『灯! 何してるんですか!?』

 

 背後で響く後輩の叱責を聞きながら、扇はちらりと自分の入ってきた扉を眺める――なるほど、閉められたはずの扉が開いている。

 

『鍵開けの加護か』

 

 魔力を介した強制的な鍵開け。電子的ロックもまるで意味をなさない。

 

 珍しい加護だ。あまり見るタイプではない。

 

「ええやん、うちらと戦うんやろこの人。そしたら、どんな能力か知っといたほうがええやん」

 

『だからと言って、勝手に入るやつがありますか! 早く出なさい、仕事の邪魔ですよ!』

 

「えー? そないなことないやろー。なぁ、みんな『そう思うやろ』?」

 

 どろりと、湿った声が響く。

 

 次の瞬間、研究員の一人が声高に告げた。

 

「もちろんです!勇者対ヒーローなんて見ものですから!」 と。

 

 その一言に、周囲も賛同する――おかしな話だった。

 

 確かに、ヒーローと勇者の対決は珍しい。めったに見ることのできない対戦カードだ。

 

 だが、それは、ひとえに『勇者には勝てない』という前提があるからこそだ。

 

 何をやってもかなわないからこそ、ヒーローは勇者と戦いはしない、できない。

 

 それが、この社会の不文律だ。

 

 それに――この部屋は、勇者の癇癪《かんしゃく》に耐えられるようになどできていない。

 

 だから、この部屋に勇者を入れてはならない――それが共通認識であるはずだが……。

 

『魔性の加護……魅惑か』

 

 比較的、多く見られるタイプの加護の一種だ。周囲の人間を扇動する強力なカリスマを、庇護者に与える力。

 

 並の人間では、その誘惑には抗えない。

 

 その結果が、このあり得ない研究員の反応だ。もう少し力を強めてやれば、彼らは自分を糾弾するようにすらなる。

 

『新宿の時、大変だったなぁ……』

 

 勇者の手柄を奪ったとして、周囲の人間を扇動して、自分と友人たちを寄ってたかって殴らせた過去を思い出す。ゴブリンに食われかけたところを助けた少年に、石を持って頭を殴られたのは記憶に新しい。

 

 それに比べれば、この程度のこと、気にするべくもない。

 

 確かに、研究員は職業倫理に反する行為をしているが、同時に()()()()()だ。

 

 突然自傷行為に走らされているわけでもなし、危害を加える意図がないことは、見ればわかる。

 

 むしろ、ここで彼女の意思に反する行動をとって、人質と化している研究員に危害が及ぶ方がまずい。

 

『――先輩、いいですか? その装備は確かに強化されましたが、まだ勇者に勝てるほどの性能は――』

 

「してないってんだろ、わかってるよ」

 

『……っ! いいですか、灯。何をするつもりか知りませんが、その人に危害を加えてみなさい。私が許しませんよ!』

 

「もーわかったっていうてるやん、ちょっと試すだけやて。なぁ、風の人」

 

「……だ、そうだ。気にしなくていいよ」

 

 言いながら、体を引き付ける――さて、何をしてくるつもりだろうか。

 

「安心してええよ、ほんまに、危ないことする気ぃないし」

 

 そう言ってけらけら笑う少女の姿は、まるで子供ができの悪い友達をからかう姿そのものだった。

 

「お兄さん、なんや空飛ぶん得意なんやろ? うちも飛べるねん、飛翔の加護いうんやって。勇者はみんな基本装備らしいわ。」

 

 知っている。ごくまれな例外事象を除き、勇者とは皆空を飛ぶ。

 

 飛び方は諸々異なるが、大事なのは一つ。飛べるという事実だけだ。

 

「せやから、うちもおんなじ土俵で勝負したろ思てな?」

 

 そう言って、愚弄するように笑った少女は一言。

 

「ここから、先に天井に手ぇついたほうが、勝ち――で、どないやろ。」

 

「構わんよ。」

 

 即答する。彼女にその意思があろうとなかろうと、この状況を長く続けては、研究員の脳が心配だ。

 

 魔力によって生じた過剰なカリスマは思考を汚濁し、対象に依存性を生む。

 

 このままで研究員たちが薬物中毒者のような様相になってしまう。それは避けたい。

 

 ゆえに、それがどんな勝負であっても受けるしか、彼には選択肢がない。

 

「お、おおきに。お兄さん意外と話せるなぁ?」

 

 そう言ってからからと笑う少女は、その笑顔を崩さぬまま、扇に告げる。

 

「じゃあ、うちが勝ったらこのチームやめてくれる?うち、役立たずいらんねん」

 

『――灯! いい加減にしなさい!』

 

 思わず、といった風情で叫ぶ後輩の声に、灯は肩をすくめて告げる。

 

「そっちの二人はなんか聞いた話やとすごそうやし、まだええけど、この人現場でもなんもしてへんいうやん。お飾りで出てこられるん困るもん、うち。」

 

『灯……だから言ったでしょう。先輩は何もしていないわけではなく――』

 

「――わかったとは言えない。僕が契約したのはこの会社で、ひいては君のお母さんだ。彼女が認めないなら僕はやめられない。」

 

「えー……せやったら、うちのお姉ちゃんとかかわらんといてくれん? 汚されたないし。」

 

『――灯! いい加減黙らないとしばき回しますよ!?』

 

「うっ、それは嫌やな……うーん、せやったら……」

 

「――僕は可能な限りこの会社には踏み入らない。君らとの接触も最小限にしよう。それでどうだ?」

 

「うーん……まあ、しゃあないか。それでええよ。」

 

 うまくいく確信とともに放たれた一言によって、交渉は成立した。

 

 勝つにせよ負けるにせよ、早く研究員を魔力から救い出さねば、先ほどサインを頼んできた女性研究員などもはや祈り始めそうな勢いだ。

 

「じゃ、お姉ちゃん合図してー。」

 

『……仕方ありませんね。では、位置について、よーい、ドン!』

 

 その宣言と同時に、扇は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()全風圧を解放する。

 

 静風の妖霊の断片たる朽ちたる大気の生霊の加護の及ぶ範囲すべてを巻き込んだ超風圧。ほとんど嵐に近いエネルギーを開放し、まっすぐに天へ。

 

 すべてが線に見えるほどの速度、音すら途切れ途切れに聞こえるほどの速度でもって天井に――

 

「はい、うちの勝ち」

 

 着けない。

 

 ほとんど瞬きほどの時間もなく、自分が手を触れるよりも早く、少女の体はもう扇よりも、はるか先にあった。

 

 鼻歌まじり。本気を出すこともなく、勇者は傲然と、ヒーローのはるか高みにいた。

 

 これが、ヒーローと勇者の間にある、隔絶した差だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、意外といけそう。」

 

「だいぶん出力上がりましたね。三人がかりなら一人ぐらいは行けそうですよ。」

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