特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第70話:『愛してる』と『殺したい』と『見てほしい』

 パシャ、という乾いた音が、戦場には不釣り合いなほど軽く響きました。

 

 現代人にとって馴染み深いその電子音は、しかし、この場においては死刑執行の合図に等しかった。

 

「――――」

 

 まずい。

 

 とっさに振り返った先、視線の向こうで、女学生がこちらを見て固まっている――避難誘導が済んでいない。

 

 当たり前だ、彼の変身は唐突だった、警報などなかったし、超人と化した七星にすら不意打ち気味だったのだ。

 

 幸い、繁華街のど真ん中ではなかったものの、ここは住宅街の人通りの少ない道というだけだ、普段の戦闘とは明らかに状況が違う。

 

 注意していたゆえに、七星に驚きはない、ないが――少し、タイミングがまずい。

 

 七星が予想していたよりも、ここへの到達が速い、どうやら、何かで気分がよくなってスキップしてきたらしい――まったく、気分がいいならもっとゆっくり歩いてほしいものだ。

 

 そこに来て、この惨状だ、目立ちたい、バズりたいと常々思っている少年少女には、格好のネタだった。

 

 基本、ヒーローの戦いを動画に上げる機会というのは、稀だ。

 

 モンスターが出るときはいつだって、避難誘導があるし、もしも、避難誘導ができないほど急激、もしくはひそやかに町に現れた場合は、基本、動画など撮っている間に死んでしまう。

 

 ゆえに、この惨状を動画に収めるのは――確かに、格好のネタだった。

 

 だが、今はタイミングが悪い。

 

「――御g―――」

 

 七星が叫ぶよりも速く、スレイバーの巨体が反応した。

 

 七星に向けて振り下ろされようとしていた巨大なハサミが、空中でピタリと止まる。

 

 そして、その異形の首が、油の切れた機械のようにギギギと不快な音を立てて回転した。

 

 視線の先には、スマホを構えた1人の学生。

 

 そして、その背後で遠巻きに様子を窺っていた数人の野次馬たち。

 

 逃げていなかったのではない。

 

 彼らは「見ていた」のだ。

 

 安全圏から、映画か何かを見るような気軽さで、自分たちの日常が非日常に侵食される様を、レンズ越しに消費していたのだ。

 

 それが、どれほど愚かな行為かを知る由もなく。

 

「――――――ぁ。」

 

 こぼれた声が、何か意味があったのかはわからない。

 

「――――――MIかGeさぁぁぁあN!」

 

 不協和音が響いた。

 

 引きつったような、しゃがれたような、歪んだような、奇妙な声。

 

 少なくとも、先ほどまで話していた少年の声ではありませんでした。いびつなエフェクトのかかった声――まったく、こんなところまで特撮か?

 

 ぎゅるんと、向けられた目が、女学生をとらえて――口から放たれた泡が、勢いよく放たれる。

 

 泡がアスファルトに触れた瞬間、ジュッという嫌な音が響き、白煙が上がった。

 

 強酸だ。

 

 コンクリートさえ溶かすそれを、生身の人間が浴びればどうなるか――想像するだに恐ろしい。

 

 昔のグロテスクなB級映画だ、子供には見せられない惨状がそこにはあるだろう。

 

 ゆえに。

 

「――扇!」

 

 ――正義の味方《特撮オタク》の目の前で、そのようなことは起こらない。

 

 ひゅるり――と、風が吹き、泡が左右に裂ける。

 

 アスファルトを溶かし、不快なにおいの蒸気を沸き立たせる――が、それでも、少女は無事だった。

 

 風の覆い、迫る災害からあらゆるものを守る壁。重すぎるものは阻めないが、泡ごときならばどうにかなる。

 

「――いつから気が付いてたんです?」

 

「最初っからだ、俺の耳を舐めるな、ドローンの音がしてんだよ。」

 

 苦笑しながら隣に現れた男に告げる。

 

 ルモス・ベゼル――天塚新。

 

「相変わらず可愛げのない聴力ですねぇ。」

 

 光の粒子をまといながら実体化した天塚――ルモス・ベセルが、やれやれと肩をすくめる。

 

「七星イヤーは地獄耳なんだよ、で?」

 

「強酸性の消化液に、神経毒のガス。吸い込んだらアウトです、一般人なら肺が爛れて窒息死ですね。」

 

「なら、換気が必要かね。」

 

 頭上から声が降ってくる。

 

 見上げれば、街灯の上にしゃがみこんだ翡翠の影――ウィンドヴェーラーが、ひらりと手を振っていた。

 

「――風圧帯・拡散。」

 

 彼が指を鳴らすと同時、路地裏に停滞していた不穏な空気が、爆発的な突風によって上空へと巻き上げられた。

 

 毒の霧が晴れ、視界が開ける。

 

 そこには、3人の「正義の味方」が並び立っていた。

 

 銀の格闘家、光の科学者、風の超能力者。

 

 特撮番組のオープニングなら、ここでタイトルロゴがドーンと出るところだろう。

 

「――――フェタァァァァァー!」

 

 叫ぶ――カニの怪人のその姿はどこか哀れに映った。

 

「完全に錯乱済み……やっぱ薬ですかね?」

 

「わからんが――思考はぐちゃぐちゃだな。」

 

 彼に見えているのは、怪人の内面――ドロドロに溶けた思考の海だ。

 

「『愛してる』と『殺したい』と『見てほしい』がミキサーにかけられている。理性なんて欠片もない、あるのは純粋な衝動だけだ。」

 

「厄介ですねぇ。対話による解決は不可能、か。」

 

 天塚が冷徹に断じると同時、怪人が動いた。

 

 右の大鋏を振り上げ、重戦車のような勢いで突っ込んでくる。

 

 狙いは、前衛に立つ七星ではない。

 

 その後ろ――呆然と立ち尽くす御影だ。

 

「ミカゲェェェェェェ!!」

 

「――よそ見とは感心しないな。」

 

 ドガァッ!

 

 鈍い衝突音が響く。

 

 七星だ。

 

 怪人の突進に対し、彼は一歩も引かず、正面からその懐に潜り込んでいた。

 

 大鋏の振り下ろしを左腕の籠手で受け流し、がら空きになった胴体へ右掌底を叩き込む。

 

 さて、ここから先は消化試合だ。

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