天塚の胸に穿たれた三角形の穴――不可解な発光器官に伸ばされた手刀が沿わされる。
光が、発光器官から手に宿る。
肩口に担ぐように抱えられた両の手がピッと怪人に伸ばされ――指から、眩いほどの純白の光線が放たれた。
破壊の光ではない。それは細胞の記憶を無理やり巻き戻し、本来の姿へと書き換える神の御業に似た光。
怪人・スレイバーの体を覆う赤黒い甲殻が、強酸の海に投げ込まれたようにドロドロと融解していく。
「ガァァァァァッ!! ギャアァァアァァ!」
金属に置換されていた背骨が細胞の変異に伴って強制的に剥がされ、カニのような肉体が悲鳴と共に痙攣する。
激痛に耐えかねた怪人が巨大なハサミを振り回そうとするが――それを押さえつける七星の拘束は、万力よりも揺るがない。
「動くな男の子。痛いのは1瞬……じゃねえな。相当痛えだろうが、死ぬよりマシだろ。生命倫理的に考えて。」
銀の超人が涼しい声で押さえ込む中、光を浴びた肉体からは異様な水蒸気が立ち上っていた。
その背後で、蒼い人の原質が瞳を不可思議に瞬くこの世ならざる色彩に輝かせる――狂乱。嫉妬。殺意。
怪人《たけばやし》の精神は、安物のミキサーで原形を留めないほどに撹拌《かくはん》された汚泥のようだった。
『うるせぇ、うるせぇ……! ミカゲさんは僕のものだァァッ!』
本来、あるはずの感情が、すべて、彼女への偏執的な愛情――なるほど、これを偏愛というのだろうな――に塗りつぶされた彼は、もはや、精神の原型をとどめていない。
通常の人間にはあるべき、過去が見えないのだ――何か、後ろ暗いものが覆って、彼を発見できない。
「お前さんの思いは受け入れるがね、相手の気持ちは考えた方が良い――何より、こんな下らん薬に手を出すもんじゃないぞ。」
一言、漏らす。
身の丈に合わない誰かに、ささやかな慕情を向ける気持ちは理解できたから。
怪人の額に青い超人の指先が触れた瞬間、汚泥の波に「巨大な氷塊」が叩き込まれたかのような静寂が訪れる。
扇雄介の放つ圧倒的な思念力《テレパシー》。それが怪人の大脳皮質に直接楔を打ち込み、ショート寸前だったシナプスの暴走を物理的に押さえ込んだのだ。
ピタリ、と怪人の足掻きが止まる。
パクパクと、いびつに動いていた口が止まる。
だんだんと弛緩し始めた怪人の顔に、もはや苦痛の色はない――これもまた、テレパシーのちょっとした応用だ。
『極楽の投射《ヘブンリーイメージ》』、悪感情を極度の精神波で抑制し、恐怖や苦痛を取り除く――今の彼には、これが必要だった。
「――待ってろ、元に戻してやるから。」
理解できなかった。
油膜のように閉ざされた光の壁の内側で、御影はその光景をただ呆然と見つめていた。
彼らの本当の姿が恐ろしかったからではない。目の前にいる醜悪な化け物が、かつて自分のクラスメイトだった人間だからでもない。
理解できないのは――彼らがなぜ、「わざわざ治そうとしているのか」ということだ。
こんな醜悪な魔物は、殺せばいい。切り裂けば1瞬で終わる。実際、あの銀色の男や青い超人の力なら、数秒で肉片に変えることができるはずなのだ。
それなのに彼らは、わざわざ自分たちで壁を張り、相手を拘束し、どうなるか分からないリスクを背負ってまで「人間《もと》」に戻そうとしている。
『心は任せますよ』
『いっせーのせで行くぞー』
死を覚悟したオペだというのに、まるでパズルでも解くかのように気楽に、しかし、決然とした決意のもとで彼らは行動していた。
『……なんで?』
昔、わかっていたはずの感情が、やっぱり、今の彼女には理解できなかった。
カニの意匠を持っていた赤黒い甲殻が光に溶けていく。
溶け落ちた甲殻の下から覗いたのは、元のひ弱そうな少年の皮膚だ。右腕の巨大な鋏はボロボロと崩れ去り、5本の指が不器用に生え直していく。
――その時だった。
カチンと、金属音が響く――まずい。
「っち、やっぱり機密保持用に仕込んでましたか。」
舌打ちが1つ――視界に映るのは、金属にもかかわらず、いかなる奇跡か溶け出し始めた脊椎だ。
「お前これ――」
「――ええ、どうも、この骨に沿って、細胞を分解する酵素か何かが出ているようで……この分だと、背骨がなくなりますね。」
「何、のんきにしてんだ、じゃあ。」
「おや、反語表現、どうしました、急に利口になって――あまり甘く見ないでくださいよ。」
告げざま、光の速度が増す――溶け始めた背骨の下から、白い骨がのぞき始めた。
天塚の指先から迸る眩い光の糸が、細胞を侵食する溶けた金属を押し退け、新たな神経と骨髄を爆発的な速度で編み上げていく。
細胞の造血と増殖。人体に本来備わった治癒力を何万倍にも加速させる光の御業。
背骨を這い回っていた異界の金属は完全にドロドロの液体となって抜け落ち、地面に落ちて悪臭を放ちながら黒い染みへと変わった。
「――っは、はぁぁッ……!」
少年――竹林が、溺れかけていた者のように大きく空気を吸い込んだ。
異常な痙攣がピタリと治まり、体温を持った赤い血が肌に巡り始める。七星に押さえつけられていた顔には、もう殺意も狂気もない。
どこにでもいる、気を失ったただの男子高校生の顔に戻っていた。